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この度、3月末をもちまして12年間勤務した放送大学を去り、4月からは日本女子大学文学部英文学科で教鞭をとることになりました。
思えば12年前、アメリカ留学から帰国したばかりの私は、通信制の大学という新しいタイプの大学で、おまけにカルチャーショックも手伝って、何をどうしてよいやらわからない迷い子のようでした。当時の神奈川学習センターは、所長の他に坂井素思先生と私の二人だけという異例の状態でした。そんな中、先輩である坂井先生に教えていただきながらセンターの業務を覚えていったものです。
英語の教員としての初仕事は現在の『英語I('96)』の前身である『英語I』の作成でした。同僚の平賀正子先生がその年の7月からアメリカに短期留学されることが決定していたので、私が着任した4月からすぐ制作に入り、6月までに印刷教材の執筆とラジオ収録を完成させなければなりませんでした。何とか無事、平賀先生をお送りし、後は、新人の私と比嘉先生とで印刷教材完成までの校正作業を進めました。物を書くことの大変さを知った今から思うと何という無謀な行為だったかと恐ろしささえ感じます。そして、そんな状態だった私がこの1年間、放送大学のたった一人の英語の専任教員になってしまったことに深い感慨を覚えずにいられません。
着任直後からの私の任務で大きな位置を占めたのが面接授業でした。当然ながら、神奈川学習センターでは、多くの面接授業を担当しました。常に、熱心な学生の皆さんに刺激を受け、今も楽しい授業の思い出ばかりが心に残っています。その中から、英語のサークルができ、長い間お互いに交流が持てたことは、放送大学での私の宝になっています。
私にとって、神奈川学習センターは常に心休まる大切な場所でした。放送大学、そして神奈川学習センターを去ることは私にとって本当に寂しいことですが、この12年間に得た貴重な経験を今後の私の心の糧として、更に精進して参りたいと思います。そして、今後の神奈川学習センターの更なるご発展をお祈りすると同時に、皆さんへ心より感謝申し上げたいと存じます。12年間本当にありがとうございました。 |