1999.10.1 The Board of Social Sciences

 

なぜ人民元の切り下げは行われないのか ?

――アジア金融危機とその後の状況への分析を通じて

 

 

                                                 放送大学神奈川学習センター

                                                    「社会と経済」専攻:衛 佩琳

                                                           

はじめに

 

19977月に、国際投機マネーのアジア通貨への売り浴びせが起こり、アジア金融危機が始まった。このなかで通貨下落、需要不足、経済および金融秩序の混乱が生じ、人々が想像していた以上に深刻な事態が起こった。さらに、199810月までに、インドネシアの政治情勢の混乱、ロシアの金融危機、南アジア国による核実験および大幅な円安などが続き、あたかも雪の上に霜を加えるかの如くの国際通貨危機状況をつくり出した。このような中国周辺諸国の情勢を見て、人々は人民元の状態に疑問を感じ始めていた。1999年になってこの経過を省みると、中国は今回の金融危機に直接的には巻き込まれることはなかったけれども、対外貿易などにおいて現在なお厳しい局面に直面していることがわかる。この小論では、東南アジア金融危機の発生原因およびその対策の検討を通じて、当時と現時点において、「なぜ人民元の切り下げが行われないのか」ということについて分析を加えたい。

国際通貨の安定性をめぐる、P.クルーグマン(1)などによる議論のなかで明らかになっているように、通貨安定には貿易などの経済的な要因、通貨政策のような政治的な要因、そして通貨の信頼性要因などが作用していると考えられている。このことは人民元の切り下げ論議のなかでも確認されてきている。たとえば、沈才彬(2)は、「人民元」安定のための三条件として、(a)中国経済の持続的成長と経常黒字の保持、(b)周辺諸国の通貨安定、(c)香港ドルの安定を上げている。なかでも、1997年に起こったアジア通貨危機は、国際通貨の信頼性危機の問題をあらためてアジア地域に対して突きつけ、アジア諸国の通貨政策に対して経済的・政治的解決を迫った問題であったといえよう。

 

1、中国が受けたアジア金融危機の影響

 

中国は1997年のアジア金融危機で、どのような影響をこうむったのであろうか。この点について、ここでは中国の対外貿易、外国資本の状況、労働市場の在り方などの視点から見ていくことにする。

 

(1)、中国の対外貿易について

  今回の金融危機によって最も影響を受けたアセアン諸国、韓国および日本はいずれも中国の重要な貿易パートナーである。1997年におけるこれらの国及び地域への輸出高は、中国の総輸出高の29%にも及ぶ。このため、今回の金融危機で各国が急激な通貨下落を起こしたことは、対外貿易にかなりの影響を及ぼした。とくに、中国の輸出製品のなかに価格弾力性の強い製品が多くを占めるため、これらの貿易相手国の通貨安はその国の輸入製品の価格を押し上げ、輸入を抑制する働きをしたのである。この結果、中国の輸出減となる要因をつくり出してきている。

 

(2)、外国資本の利用について

   日本、韓国、東南アジア及び香港、台湾地区は、中国にとっての外国資本直接投資の重要なソースとなっており、これらの地域からの直接投資だけで、中国における実行ベースでの外国直接投資総額の80%を占めている。金融危機は、これら地域の投資能力を低下させたのである。したがって、金融危機は対外投資の阻害要因として影響を及ぼしたことになる。

 

(3)、外国プロジェクト請負及び労務提供について

   中国が提供する対外労務請負業務の85%が香港、マカオ及び東南アジア地区に集中している。金融危機が発生してから、これらの国々が数百億ドルのプロジェクト請負計画をキャンセルした。進行中のプロジェクトも各国の通貨下落により利益率が大幅に低下し、なかには建設継続が困難になったケースもあった。

他に、国際旅行業も大きな打撃を受けたのである。このように見ていくと、今回の金融危機では、中国は各国の通貨下落によって多大な不利益を被ってきていることがわかる。

 

2、「人民元切り下げ」が行われない理由

 

  このように中国は対外貿易をはじめとしていくつかの点で、大きな不安定要因に直面している。にもかかわらず、中国政府は金融危機勃発から、一貫して人民元の切り下げを行わないという公約を守ってきている。単純に解決策を見つけようとするならば、従来中国が行ってきたように、ここで交易条件の改善を図って、人民元の切り下げを行ってもおかしくないと思われるが、現実には今日まで中国政府は切り下げを行ってきていない。なぜ切り下げを行わないのか、その理由について、次にまとめてみたい。

 

(1)人民元の購買力平価

  一般的にいえば、為替レートは二国通貨の交換レートである。為替レート決定の理論からいえば、実質的に考えて二国間の購買力に対する評価から決まってくるといえる。購買力は物価の逆数、従って、二国間の物価水準の比較によって二国間通貨のレートが導かれる。これは相対購買力平価説と呼ばれる。

  仮にある国の物価上昇率がπとし、相手国の物価上昇率がπ*とすれば、

  相対購買力平価=基準レート×{(1+π)/(1+π*)}となる。

  従って、もしその国の物価が下がれば、あるいは相手国の物価が上がれば、相手国に対するその国の貨幣の価値が相対的に上昇する結果となる。

1995年以降、中国経済のソフトランディングの成功により、物価上昇率が1995年の14.8%から1996年に6.1%97年に0.8%と低下し、98年にはついにマイナスになった。まさに、物価安定、購買力上昇、レート安定である。1994年の人民元対米ドルレートは18.7であったが、現在では18.28前後で推移している。さらに、国連開発計画(UNPP)の「世界開発レポート」によれば、人民元の購買力平価は実質レートの4.7倍程度であると報告されている。

このように為替レートの名目的な価値ではかなり変動があることになるが、ここで見たような購買力平価で測った実質的な為替レートには、あまり変動が観察されない。したがって、実質的な評価に従うならば、人民元の価値は減少していないことになるから、ここで人民元切り下げの必要がないことが分かる。

 

(2)中国の国際収支状況

  一国における一定期間の国際収支状況がその国の外貨の供給と需要を決める。国際収支が黒字であれば、外貨の供給が相対的に潤沢になり、その国の為替レートの安定にとって堅実な基礎を形成する。逆に国際収支が赤字であれば、外貨の供給が窮屈になり、供給と需要のバランスから考えて外貨価格を自動的に押し上げ、その国の通貨を下げる結果となる。

  この点から考えると、中国はこのところ外貨準備が進んでいるので、為替レートの安定にはプラスの要因を提供している。1994年以来、中国は4年続けて貿易黒字を計上している。最近の2年間は毎年約300億米ドルの黒字である。1997年の中国経常項目の黒字は297.2億米ドルで、資本項目の黒字は229.6億米ドルであった。東南アジアの金融危機が発生したなかでも中国の貿易収支の出超状況は変わりがなかった。現在、中国の外貨準備高が1,400億米ドルを超え、世界第2位の地位にある。この点からみると外貨市場の米ドル供給が充足しているために、人民元切り下げの必要のないことを示している。

 

(3)妥当な外債構造

これまで見てきたのは中国経済のフロー面であったが、そのストック面でとくに注目すべきことが今日起こってきている。1997年末まで中国の外資利用総額が約3,200米ドルに達する。このうち外国直接投資が3分の2で、外債が3分の1である。外債残高の中身は、中長期借入及びプロジェクトファイナンスが85%以上を占めており、なかには世銀などの国際金融組織からの借入や他国のODA借款も多い。このように金額はかなり大きな額になってきているが、実質的に中国のデット・サービス・レシオを見ると、それは10%未満で、中国外貨準備高の7%に過ぎない。したがって、国際的に見てその危険水準を大きく下回っている。このため、中国には外債の返済危機は現在のところ存在しないと考えてよい。

 

(4)人民元は自由交換通貨ではない

  この四半世紀の間に、為替レートの変動相場制を採用する国が増えてきたのは事実である。けれども、その是非とめぐっては現在でも議論が続いている。1980417日に、中国が国際通貨基金の合法的地位に復帰した際、加盟国の一般義務として、国際収支が基本的に均衡する原則を前提として、基金協定第14条の過渡的措置に従うことを承諾した。すなわち、経常項目における人民元の交換可能を目標に、国際的な経常資金の支払及び資金移動の制限を段階的に開放していくことを約束した。そして、1996年年末、中国は「国際通貨基金協定」第8条を受入れ、経常項目における人民元の兌換性を早めて実現したのである。

  これは中国の対外貿易と、中国での外国資本の利用をなお一層大きく促進した。しかし、中国の資本項目の取引については現在でも外貨の自由交換は許されていない。資本取引のアカウントは依然として厳しい管理下に置かれている。このため、外国の短期資金、とりわけ国際投機資金が人民元を直接攻撃することができない構造になっている。外貨交換が主に外貨から人民元に換えるという一方向しか許されていないため、中国国内の個人も外貨に投機することができない。客観的にみれば、このような人民元の不完全な交換性が外貨からの攻撃を防ぐ強固な防火扉となっている。結果的に、この防火扉が今回の通貨危機で有効にはたらいたといえる。

  これに対し、アセアン諸国や韓国は米ドルとの固定レート制をとりながら、自由交換可能な為替制度をとっていたため、外国投機資金がいつでもこれらの国々の通貨に攻撃を仕掛けることができた。そしてさらに、国内の一般個人も自国通貨に不信を抱き、外貨買いに走ることを許したのである。このことはさらに通貨下落をもたらし、危機が危機を呼ぶ構図をつくり出してしまったのである。

  以上、中国人民元の切り下げが行われない理由として、中国の経済状況と中国の外貨管理を紹介した。これまでの統計趨勢を見る限り、購買力平価の状況などから、人民元切り下げの必要性がないことがわかる。また、国際収支状況から、人民元切り下げの必要のないことを示している。さらに、中国の外債返債についての危機も存在しないことも明らかである。

  しかし、現実が進行する中で、人民元の切り下げが行われないことを疑問視したり、さらには人民元が必ず切り下げられるという考えを持っていたりする者もいる。例えば、沈才彬(2)は、『論争東洋経済』19995月号で、今後の中国国際収支、経常収支がゼロになる可能性があるため、“人民元の切り下げは早くて年末”という結論を述べている。このことは、国際収支バランスがいかに保たれるかという問題である。もし仮に、今年度の中国輸出が10%減少しても、輸入額も同じ比率で減少すれば、経常黒字を保持できることになる。このことを示す最も良い事例は1998年日本の貿易収支である。このとき輸出は減少したがそれと同時に、輸入も更に減少し、結局貿易黒字が増えた。このように考えば、中国輸出問題は、決して価格のみの問題ではなく、技術と品質などの問題を含む複雑な問題だと思われる。

 

3、通貨の信頼性と「人民元切り下げ」

―人為的な人民元切り下げには弊害が多い―

 

(1)切り下げ競争は勝者なしの戦い

  19987月まで、アセアン諸国及び韓国ウオンの下落幅は、韓国ウオンが最小で27.9%、インドネシア・ルピアが最大で81.3%であった。もし人民元が切下げれば、その下げ幅がこれら国の通貨の下げ幅より小さければ、価格競争力の劣位を逆転させることができないばかりではなく、さらなる切下げ予測期待をもたらし、切下げの泥沼に陥る可能性もある。逆に上記国々の通貨切下げ幅を超えれば、間違いなくこれらの国が通貨再切り下げに踏み切る結果を招く。このようになれば各国が悪循環的に通貨切下げ競争に巻き込まれ、勝者なしの戦いという悪夢を見る可能性がある。

近年、国際通貨安定に関する議論のなかで、最適通貨圏の理論と同様に重要視されているのが、信頼性の議論である。1979年に、欧州通貨制度(EMS)が、通貨グリッドを定めて、通貨変動の許容変動幅を規制するような、柔軟な固定為替レート制を取った。この結果として、1970年代から1990年代にかけて、欧州各国のインフレ率が収束したという成果を生んだ。P.クルーグマン達(3)によれば、ドイツ以外のEMS各国は、ドイツ・マルク似対して為替レートを固定することによって、インフレに強いという評価を得ている、ドイツ通貨の信頼性を実質的に輸入した結果であると指摘している。

このような欧州での経験が、アジアの通貨危機にも直ちに当てはまるとはいうことは出来ないが、日本や中国のようなアジアの中軸的な通貨を持つ国が安易に通貨切り下げを行うことは通貨の信頼性を著しく損なうことになる。

 

(2)輸出促進効果も限がある

中国の輸出伸び率は、1998年夏期から前年度比がマイナスになり、この傾向は1999年にはいってからも続いている。この傾向が今後も継続するならば、人民元を切り下げて輸出競争力を回復させるという政策もあり得る。中国は、1985年以来5回にわたって人民元切り下げを行ってきている。なかでも、19941月には、一元とドルとの為替レートを実質的に約33%切り下げている。この結果、輸出伸び率は30%を超える拡大を示した。けれども、現在ではこのような切り下げによるメリットは、当時ほどはないと考えられる。李石(4)にしたがえば、中国では加工貿易の比率が高まっており、外国から原料を輸入し、完成品を輸出する傾向が進んでいる。したがって、切り下げは輸出競争力を増大させるが、同時に原材料のコストアップを招き、結果として輸出品の価格が上がってしまう。したがって、輸出促進の効果は現状では期待できないとする。中国の輸出製品のなかで、輸入製品のコストが占める割合は平均で50%以上である。したがって、仮に人民元を1%を切り下げたとしても、国際競争力を0.5%しか高めることはできない。マイナス効果の方が、プラス効果より遥かに大きいのではないかと推測できる。金融危機以降、中国の輸出高の減少は主にアジア諸国への減少である。これらの国々が財政収縮政策をとり、通貨供給量をもコントロールしたため、購買力が下がり、国内需要が萎縮してしまったのである。

また、各国政府が自国製のもので輸入品の代替使用を行うことを奨励している。このような状況のなかで、中国にとって人民元の切り下げがもたらす輸出増加は期待できそうもない。

 

(3)外国の投資意欲に打撃

  外国資本が中国に投資する目的は、投下資金の価値保持と、最大限の投資リターンを求めるからにほかならない。今日、投資資金の払い込みの多くはドルから人民元に交換されて行われ、将来元利の受取は逆に人民元からドルに換金されることになり、このいずれの場合にもそれぞれ異なる通貨を使わなければならない状況下にある。このような場合には、上記目的の実現ないし実現の程度は為替レートの安定に密接な関係にある。したがって、人民元の切り下げは投資家の投資意欲を害し、中国への新規投資の減少や既存投資の撤退を招く可能性が大きい。

  これによって、中国国内企業の返済コストが増え、資本項目における外貨収支のバランスにも悪影響を及ぼす。また同時に、外資系企業の成長力が弱められ、中国輸出の長期安定にも不利である。そしてさらに重要なのは、人民元の切下げは中国経済全体に対する信頼を失わせる可能性があるということである。

 

4、為替レート安定は中国国内経済発展に不可欠である

 

現在、中国国有企業の改革とそれによって引き起こされる失業問題が、巨大な圧力を及ぼしつつある。このなかにあって、より高い経済成長を維持させなければならないという要請が国内経済にはたらいている。したがって、中国政府は金融政策において数回にわたる利下げと、準備預金の準備率を低減させてきている。財政政策面においては、公共基礎施設への投資、例えば高速道路、大都市の地下鉄建設、空港、核発電所及び通信システムへの投資によって、仕事を増やし、国内需要を刺激しようとしている。中国政府はこのためインフラ整備の建設用に1,000億元の国債発行を決めている。このような国内需要の増加は、再びインフレを起こしてしまう懸念がある。もし中国政府が人民元を人為的に切り下げるなら、輸入品及び中国国内商品の価格上昇をもたらし、インフレ圧力をさらに高めてしまうことになる。

けれども、通貨安定を目指した結果、それが中途半端な信頼性しか実現できないならば、それは結局中国の国内経済にとって、マイナスの効果を与えてしまうかもしれない。山川学和(6)は、香港ドルと人民元が米国ドルに連動して、安定を確保していることに注目している。香港ドルは、1983年以降、米国ドルへのペッグ制を採用しており、また人民元は1994年に為替レートを約30%切り下げてから、米国ドルと連動させて通貨安定を図っている。この結果、1995年以降、両通貨ともに米国ドルが高くなっていることに伴い、相対的に通貨高を招いている。ここで、円安やアジア諸国での通貨安が起これば、結果的に輸出競争力を低下させることになる。

 

 

5、人民元の安定はアジア及び世界経済の発展にプラス効果

 

  安定かつ相対的に公平で公正な金融システムは世界各国の経済発展の必須条件である。アジア金融危機のなかでは、中国政府が責任のある態度でさまざまの対策を講じてきた。これらはIMFを通じて、または二個国間での資金提供を通じて行われてきた。このなかで、人民元を切り下げないという約束を行い、適度に通貨供給量を増大させること、国内経済成長を促進し、金融危機への防衛を施すことなどを通じて、中国政府は金融の安定を保つことに腐心してきている。

もちろん、アジア経済安定への取組み、アジア金融危機への克服は中国一国だけではできないことであり、関係各国の共同努力が不可欠である。しかしいずれにしても人民元レートの安定は意義重大である。これは第一に中国経済の安定成長、即ち安定のなかの成長という長期目標を達成するために、第二に中国とほかの国及び地域との経済関係が安定し、輸出入バランスの維持を図るために、第三に外国投資家に安定的な市場環境を提供し、外国資本の導入、最後に東南アジア諸国に自信をもたらすために重要である。そして最終的にこのことは、金融危機の脱出と経済の回復に有利な条件としてはたらくからである。

通貨の安定が、アジア地域の貿易構造の安定につながるという考え方は、根強く存在する。海老名誠(5)は、円安・香港ドルのカレンシイ・ボード制見直し・人民元切り下げなどの通貨不安定が、アジア地域の輸出入状況に決定的な影響を与えることを、すでに1998年にも指摘している。このなかで、日本や中国の通貨切り下げは、欧米に対しての、他のアジア諸国の相対的な輸出競争条件を悪化させると考えている。この結果、本来であれば輸出促進策になるはずの通貨切り下げが、かえって経常収支の赤字を拡大させてしまう、と主張している。

 

 

6、アジア金融危機の原因及び教訓

―結びにかえて―

 

  1997年のアジア金融危機を回顧し内容を分析すると、その原因には2 つの側面があるといえよう。まずは、外部からもたらされた原因である。1997年のアジア金融危機勃発の直接原因は、国際的投機である。国際投機筋は国際投資資金の一部でもある。国際投資資金は欧米の個人や年金などのファンドが主体で、国際的なポートフォーリオ投資を展開している。IMF の統計資料によって、1990年の時点で国際投資資金は既に2 3600億米ドルに達しており、1996年にはさらに6 1273億米ドルまで増加し、実に2 倍以上も増えた。

アジアの国は経済規模がまだ小さく、各国の通貨流通量は比較的少ない。極僅かな投資資金の流入または流出が為替レートの大幅な変動をもたらしてしまう。したがって、その国が有効な通貨手段を持たなければ、暴利を血眼で追い求める国際投機マネーの餌食となり、予想しがたい損害を招くことになる。

  第二の原因は、内部に生まれてきた要因にある。今回の金融危機で大きな打撃を受けたタイ、マレーシア、フィリピン、インドネシアおよび韓国などの国々に共通に見ることのできる特徴は、海外依存型の経済体質であるということである。輸出志向の工業化を目指すあまりに、資金、技術、部品原材料などを輸入に頼ることが大きかった。このような基本的な素材で輸入依存度が高いため、輸出不振になると、たちまち国際収支の経常項目が赤字となり、国内景気が深刻な影響を受けることになる。また、東南アジア各国の間に密接な産業相互補完体制が築かれてきており、一旦ある国が危機に陥ると、連鎖的に他国へも影響を与え、危機を広げ、より深刻化にしてしまう。

    この二つ原因からみると、とんな方法で、アジア範囲で通貨の安定と貿易構造の安定を守ることができるか、真剣に考えなければならない。通貨安定について、最適通貨圏の標準理論(R.マッキノン)によれば、変動相場制は、各国が最低限の国内物価水準の変化で、国際収支調整を行えるという点では有益なものである。他方で為替レートの変動は、貨幣の効率性による利益を損なう。経済の開放度が高まると、金融の独立性も重要でなくなり、為替レートの不安定性に伴う混乱や、取り引きコストの増大が生じる事になる。

    このマッキノンの分析は、国際通貨システムの適切な構造は通貨地域ブロック性であり、通貨地域ブロック間の為替レートは変動すべきあるという事をしめす為に行われたものである。幾分大きなブロックに統合される事は、貨幣が効率性を高めるというメリットがある。たが、すこし大きなブロックへうまく統合して固定相場地域ができると想定するとしても、いずれかの段階でブロックを拡大するコストがメリットを上回る事になる。この時点で、世界は幾つかの最適通貨圏に分けられているはずである。

    また、EMS の信頼性理論によれば、“国際的な為替レート取り決めを破れば、政治的損害を被る事になる。" 各国政府は“短期的な景気浮揚を求めて自国通貨を切り下げた代償として長期的な高インフレ率に悩まされる“という理論である。

  上述のとおり、もしアジアでも、欧州通貨制度(EMS )ような通貨圏を見習うならば、日本円と人民元を中軸的な信頼通貨とした、柔軟な通貨圏を形成することができるかもしれない。通貨変動にある程度の許容変動を認め規制するような、柔軟な固定為替レート制をとれば、今回の金融危機を避けることができるかもしれない。アジア金融安定の為、アジア地域での最適通貨圏の建立が必要ではないだろうか。

 

 

参考文献

(1)P.クルーグマン『通貨政策の経済学』林・河野訳 東洋経済新報社 1998

(2) 才彬「人民元の切り下げは早くて年末」論争 東洋経済 1999.5

(3)P.クルーグマン M.オブズフェルト『国際経済 T・U』第三版 石井他訳

         新世社 1996

(4) 石「人民元切り下げの可能性あるか」特集:中国経済6つの難問

         週刊ダイヤモンド  1999.6.12

(5)海老沢誠「人民元切り下げというアジア最悪のシナリオ」週刊エコノミスト

          1999.6.30

(6)王凡凡,許麗瑛“外貿持続順差為人民幣不貶値提供有力支持”(金融時報)1998.9.12

(7)“完善管理法規、打撃違法行為、保持為替穏定、促進経済増長”

         ――国家外貨管理局新聞発言人答記者問(金融時報)1998.9.16

(8)成燕紅“人民幣不会也不該貶値”(金融時報)

(9)湯明遠等“幣値穏定、情理兼備”

         ――談人民幣為替穏定的重要条件。(金融時報)

(10)曹鳳岐“論人民幣為替穏定依拠”(金融時報)

(11)フン ルンチアン“90年世界貨幣貶値現象透視“(金融時報)

(12)王華慶“人民幣仍将在動蕩的亜洲経済中保持穏定”(解放日報)                                                         

                                                                        (1999 71日提出)

         

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