日本経済の真実
―通説を越えて 吉冨勝著(読書会)

東洋経済新報社


平成
13526日(古野:報告)

序章 問題の所在

 3つの目的。@1992-98の長期低迷の解明を、マクロ政策の誤り、成長路線の下方屈折、銀行危機の影響の3点から行う、Aグローバリゼイションが日本経済に投げかける問題、B米国との対応で今後の日本の企業システム、マクロ経済のあり方。

第1章           長期低迷のマクロ経済分析

§1 3期に分けられる

1992-94       成長率0.5%、設備投資が3年間累積-20%、地価・株価の暴落

‘95-96 成長3%paに回復、設備投資8%pa’95の異常円高・純輸出の急減

‘97-98 金融デフレの時期

§2 ‘92-5の公共投資・減税は33.4兆円年平均GDP1.7%、一般政府(中央+地方+社会保障)の収支尻で見ても年平均GDP比で0.8-1.2%。時期的にも不況入りした’92より取られており、too little, too lateとは言えない。この間投資乗数も大きくは低下せず。

§3 1987-91ブームの最大の特徴は民間設備投資の増大がGDP増加額の40%を占めていたこと。この間のGDP成長は5.1%paとさして高くないにもかかわらず資本ストックは7%台の伸び。株・土地ブーム、技術革新、日本的経営システムの優位等からくる期待成長率の高まり、金融的要素(負債コスト、株式コスト、税制)・資本財の相対価格の低下等、資本コストの低減や資本分配率の上昇が作用した。

‘88-90年には日本経済の趨勢的成長率が6%へ向けて高まりつつあったことに加え、大企業の銀行離れで銀行のモニター機能が低下していた。’80年代末の資本ストック7.5%の伸びを4%の趨勢的成長率に見合った6%にまで落とすには8%の設備投資の削減が必要だが、現実には予想成長率が2%に下方屈折しており3年間で20%の設備投資の落ち込みとなった。

第2章           バブル発生のメカニズム

§1 資産インフレの原因がマネーサプライの過剰にあるとする通説では、なぜ資産インフレのみを招来したのか説明できない。むしろマネーサプライは資産インフレの結果と解釈すべき。

§2 株価インフレは株価収益率(PER)で見るのが合理的で、これが80年代前半の25倍から86年には50倍となり89末迄続いた。

PERは、PE={1+T(g−r)}/r T=投資期待期間、g=期待成長率、r=割引率で表され、T=10年とすると、85年のPER=18.2r=6%g=4.5%で成立するが、r=4%g=6.32%に変われば86年のPER35.7倍となる。投資期間を無限大とすればrgの変化はより小さくて済む。いずれも、80年代後半の日本、20,90年代の米国では起こりえたこと。要するに、バブルは企業利潤の期待成長率、その代理変数としての実質GDPの期待成長率が6%近くまで上昇、実質金利とリスク・プレミアムの低下、投資期待期間の長期化によって齎された。

§3 地価に就いては、バブル発生のタイミングの地域的格差、銀行の集中的融資の点で異なる。まず84年に東京の商業地から始まり順次地方へ波及、同時に不動産関連3業種向け銀行信用が集中的に配分された。この理由として挙げられる護送船団方式によるモラルハザード論は、なぜこの時期にという説明には十分でない。むしろ、銀行のフランチャイズヴァリューの低下に求めるべき。原因は、企業の運用手段の多様化に伴う銀行流動性への依存度低下、金融自由化に伴う銀行利鞘の縮小、同時に自己金融比率の増大、調達の多様化によって大企業の銀行離れも進行した。銀行経営の非効率性を理由とする説もあるが、これも何故この時期にという問いに答えられない。商業銀行は新たな顧客層に対するモニター機能維持の為高まる情報生産コストと低下する土地評価コストを天秤にかけつつ中小企業への不動産担保融資へ傾斜していった。同時に融資先の選別、モラルハザード問題に十分注意を払わなかった。

§4 通貨需要はGNPと利子率で説明されることを実証したゴールドフェルトの論文は71-84の日本にもよく当てはまるが、80年代後半には過小推定となり、資産価格の変動が通貨需要に影響を与えた可能性が強い。日銀論文では、6大都市市街地価格指数、法人・個人金融資産残高でこの過大分を説明している。しかも、M2+CDは株価・地価に遅行しており原因というより結果といえる。

第3章           銀行危機と金融デフレ

§1 民間設備投資は’98/1-6-16%paで、特に中小企業は’98/4-6-32.1%paとなっている。しかも92-4の過大資本ストックの調整の時とは異なり、今回は93/10-12の谷から「中腹」(短観のゼロ地点、97/1-3)へさしかかる「回復期」から「好況期」に移る手前で止まってしまった。これは金融システムへの信頼の動揺によるもの。具体的には、マネーサプライは3.5%以上も増えているのに銀行貸出残高は2.5%以上も減少し、コールレートのプレミアム格差、CDCPレート等の上昇が目立った。この結果銀行の貯蓄・投資の仲介機能が衰弱し、LM曲線(通貨供給)は不変でもIS曲線が左へシフトし実質GDPと金利は低下した。これが特に中小企業向け貸し出しにおいて顕著。これについて、財政再建を原因とする説があるが、これが金利を低下させ輸出を増大した効果を無視したり、景気回復によるなし崩し的な不良債権の縮小(growing-out)を期待するなど無理がある。経済成長にもかかわらず不良債権が膨張したのは更なる商業地の下落の為である。金融不安が残る限り、景気のわずかなスローダウンでも金融システムに対するコンフィデンスが揺らぎ、消費性向・投資性向が落ちたり、銀行信用が収縮して財政刺激の効果を減殺する。また、マネーサプライを増やしても銀行の自己資本に不安がある限り貸し出し増加は期待できない。

§2 日本の銀行危機解決が長引いたのは、1995-6の住専問題解決に端を発する。まず、ロス負担率が農林系すべての金融機関救済を前提に歪められ、問題銀行閉鎖基準の設定も先送りされた。その結果公的資金の投入目的が預金者救済から金融機関救済にすりかわり、以後タブー視されることになった。公的資金は、閉鎖銀行の預金者保護、受け皿銀行への資本注入、自己資本の増強を目的とするもので、それに見合う経営責任の追及、自助努力が求められる。Too big to close 銀行に就いては、流動性供給の応急策と金融支援・経営刷新の恒久策で対処すべき。また、早期是正措置、破綻の際の受け皿作り等の準備も必要。 

§3 銀行の経営危機は景気の局面で集中的に発生するので、平時の自己資本比率だけでは対処できない。預金保護は銀行のモラルハザードを引き起こすといわれるが、銀行自身にも自己防衛意識があり必ずしも当てはまらない。銀行のリスク評価には、自己資本のほかに、

Capital, Assets, Management, Earning, Liquidity の非計数面も含めたものが必要で、決定的なものはない。ディスクローズを徹底することも根本的解決とはならない。金融・不動産サイクルに就いては、モラル・ハザードと問題先送りはバブル崩壊後に起きるもので、資本比率も遅行指標となる。金融・不動産サイクルのブームの行き過ぎを防ぐには、銀行の不動産部門への集中融資を抑制していくしかない。­

第4章           空洞化、「高コスト」経済、円高の関係

§1 高コストなのに何故円高が続くか、海外生産と空洞化の関係。

§2 円高の長期的な趨勢は貿易財についての購買力平価(PPP)の動きできまる。’73の為替レートを出発点とすると93@113円、95@105円となる。これを基準にして比較劣位にある産業で空洞化が発生することになるが、現実の為替レートがPPPから大きく乖離し長く続く場合(’87-894-5の円高、’77-885-7の円安からPPPへの修正過程)、産業構造が変化した場合などには優位にある産業でも産業調整・空洞化が発生する。内外価格差は、貿易財と非貿易財の加重平均である日本経済全体のPPP(@180)と現実の為替レートとの差で示される。従って、貿易財と非貿易財との生産性上昇率の格差で決まる。

§3 日本の高コスト論は非貿易財が貿易財に対し相対的に割高であることを絶対的なものと誤解していることによる。

§4 日本の優位産業の中でも世界最先端の競争力を持つ分野は絶えず変化しており、相対的劣位になった分野は海外生産にシフトする。その場合でも進出先では技術上の優越性・経営ノウハウなどのオーナーシップ・アドヴァンテージを持っている為現地での競争力の維持は可能で、日本からの高度技術部品の輸出先ともなっていく。

§5 円高と貯蓄の関係に就いて言えば、円高の長期趨勢はPPPで決まる傾向を持っており、長期にわたる経常収支の不均衡は各国の構造的な貯蓄・投資バランスで決まるので、相互の関連性は薄い。従って、長期の円高でも経常黒字は解消しない。ただし、黒字膨張→円高が起きるのは経常収支の黒字が「構造的黒字」(S-I)を越えて大きくなった時(「循環的黒字」)。

第5章           アジアを襲った「資本収支危機」

§1 アジアの深刻な経済危機は、金融閉塞、銀行信用の収縮と企業間信用の縮小による決済手段不足にある。東南アジア経済のファンダメンタルズには問題なく「資本収支危機」によるものといえる。タイの場合、海外からの資本流入急増は「アブソープション効果」で内需拡大、経常収支悪化を齎し、結果インフレは回避された。経常収支赤字と資本収支黒字が均衡した頃に国内の不動産バブルが崩壊し、短期調達・長期運用、ドル借り・現地通貨貸しの二重のミスマッチで流動性危機に陥ったことに加えて、不動産値下がり、為替切り下げが負担を大きくした。資本流入の国内経済への影響を緩和する為、変動為替レートを採用すべきだったとの説もあるが、その場合一時的に流入国の通貨が強くなり過ぎ経常赤字が拡大する可能性もあり、決定的な方策はない。「エマージング市場経済」のままで国際金融資本による金融取り引きの枠に組み込まれたことが最大の要因。

§2 双子(通貨と銀行)の金融危機がアジアのマクロ経済に打撃を与えている。韓国の例、98/1-3の内需は前年比-30%、過大な短期調達が原因。現地金融機関と外国の銀行・国際投資家共にモラル・ハザードに陥っていたこと、金融機関の財閥に対するコーポレイトガバナンスの欠如が原因。一方、IMFもロールオーバーの出し遅れ、厳しい融資条件等、対策としては問題を残した。これらの新しい事態に対処する処方箋のカテゴリーとしては、@ファンダメンタルズを良好に維持すること、A大量の資本流入時の為替レート政策のあり方、B流入する国際資本の「構成」、C資金使途の監視、検査・監督、D国際的な最後の貸し手の創出。エマージング市場危機は98/7からグローバルな金融危機に発展、香港、中国、ロシアなど。

§3 グローバリゼーションの進展はグロスの国際資本移動を齎し、通貨危機の世界的伝染を引き起こす(エマージング危機がブラジルに波及)。更にヘッジファンドは、高いレバレッジによる投機性、巨大規模、波及効果の不可測性・複雑性から撹乱要因となっている。また、グローバリゼーションのもとでは、利潤や資本所得に対する課税水準は世界的に低下傾向で、それだけ移動性の低い労働者の負担を重くし勝ちである。

第6章           日本の企業システムへの挑戦的課題

§1 コーポレイトガバナンスと経済

§2 90年代米国経済の特徴は、景気循環の「死」、株式ブーム、IT革新、機関投資家による新しいコーポレイトガバナンスが挙げられる。特に、年金プラン、ミューチュアルファンドなど間接投資へのシフトの結果、安易な市場退出が許されなくなり経営者への収益向上圧力を高めることとなった。機関投資家を通じての「所有」と「経営」との接近=コーポレイトガバナンスの「環」の完結。このため、経営者はコア・コンピタンスへの資源集中、ダウンサイジング、海外生産シフト等の収益追及を強め、経済政策面でも規制緩和、合理化の結果、低技能労働者の雇用条件は悪化した。この中で、自然失業率の低下、ファインチューニングによるインフレの抑制が齎され、IT革命による生産性の向上とあいまってユーフォリアを膨らますことになった。株価のファンダメンタルズからの乖離を長期国債金利と株の益回りとの比較で見るとそれほど開きは大きくなっていないが、株価総額のGDP比は98/6160%で、192982%、その後60年平均の48%を大きく上回っている。株価は特定資産の相対価格の変化で、一般物価が安定していれば良いとする見方もあるが、株ブームの崩壊が消費に与える影響は軽視できない。

§3 日本では企業のモニターたるべき銀行・大蔵省をモニターする役を果たす者が無く、コーポレイトガバナンスの「環」が閉じていない。しかも、日本の雇用は、ジョブローテーション、企業内配転、社内教育・訓練、企業適合技能重視、「タダ乗り」容認など、労働を企業の有力なステークホルダーに形成するメカニズムを持っていた。取締役制度もその延長で、利潤と従業員利益の二つの最大化を目指すことになる。これをモニターするのがメインバンクの役割だった。 

§4 しかし、金融自由化等経済環境の変化、情報技術革命による新しい技術パラダイム(アンバンドリングとモジュール化)のもとで適合性を薄めていった。例えば、新しい技術に不可欠なソフトウェア技術開発や組織の頻繁な改変等に適さないことなど。また、ヴェンチャー企業のコーポレートガバナンスに必要な強力な社外重役、段階別の審査などが具備されるような体制作りが必要。

§5 4.5%の中期成長路線を走るに必要な資本蓄積(I/K)のテンポは10.5%、設備投資比率(I/Y)17%強、資本/産出係数(Y/K)1.64に対し、2%の低成長では資本蓄積テンポは8%、設備投資比率16%、資本/産出係数は2となる。この趨勢成長率を維持するに必要な資本蓄積テンポを保つにはこれを上回る資本限界生産力(MPK)成長率が必要となるが、試算すると中成長期で21.3%、低成長期で15%と十分確保されている。日本経済は、この必要な資本蓄積と資本の限界生産力の関係が健全に保たれている間に、コーポレイトガバナンスに対する挑戦的課題をこなすべき。全要素生産性上昇率を1%paに保てば人口一人当たり実質所得は確実に上昇できる。

 

古野のコメント

1.バブル発生のメカニズムに就いては、r(割引率)、g(期待成長率)、T(投資期待期間)の3要因の変化で説明している(P38)。このうち、rは客観的に決まるが、gTが如何なる要因でどの水準に決まるのか、それが何故どうして変化するかに就いての説明は単なるユーフォリアで片づけられており十分ではない。平成バブルの例を見ても谷はヒストリカルDI’86/12GDE前年比で’86/1Q、山はそれぞれ’91/2’88/2Qであるのに対し、CPIでインフレを調整した株価は’82より、地価は’83頃より上昇しており、成長率上昇の先取りと見るには無理がある。ピークはほぼ一致しているので、最終的に景気上昇要因も加わったことは間違いないとしても、株・地価上昇の初期要因は別の所に求めるべきだろう(別図参照)

2.バブル期の資金供給に就いて、グラフ(P67)を見ると、3業種貸し出しのうち、’82-6の間

はノンバンク向けが先行しており、86年頃から不動産向けと並行的な動きとなっている。これは、当初のハイリスク・ハイリターン的な土地融資は専門のノンバンクを経由して資金供給が行われ、安全且つ有利な取り引きであることが確認されてはじめて銀行が直接進出していった経過を示している。

3.バブルの原因として、護送船団によるモラルハザード、十分な競争に晒されてこなかった銀

行経営の非効率性を指摘する堀内の説に対して、それでは過去に何故バブルが発生しなかったのかが説明できないとし、別の要因(環境の変化による銀行のフランチャイズヴァリューの低下)を挙げている(P81)が、日本の銀行が環境の変化に対してこうゆう安易かつ伝統的な手法でしか対応できなかったところに堀内指摘の要因があったというべきだろう。特に、「皆で渡れば」式の不動産融資への横並び傾斜などは好例である。

4.銀行は情報生産コスト上昇に対応する為土地担保による中小企業向け(不動産業の大半

を占める)融資を行いバブルを膨張させた(P87)としているが、借り手(資金需要側)の要因が見えてこない。

5.銀行における不良債権発生に関してのコーポレイトガバナンス乃至経営責任問題を考える場合、

モニターや経営判断できる機会としては、当初貸し出し時、貸し増し時、平時の定期レビュー、経営危機に際しての救済融資時、担保処分による強硬回収・損切りのタイミング等の各局面があり、それぞれについてのガバナンスの妥当性を論じるべき。しかし、平成バブルに就いては銀行経営陣の基本ラインは踏襲されていた為、集約して当初融資責任で判断せざるを得ないのか?

6.不動産バブル対策としては金融政策は適当でなく、本当に不動産融資規制しかない

(P181)のか?同様の見解は吉川他にもあるが、日本の不動産価格に就いては、保有からの退出コストが高すぎる為、平時安定の反面、経済情勢が大きく変化した時の振幅が大きいと指摘されている(‘87、西村)。不動産所有市場への参入、退出を容易にするような税制上の措置を講ずることで、不動産流通市場を活性化出来れば、より一般の経済財に近い形で取り引きされ、、他の商品価格と同様に金融政策の対象になるのではないか。

7.国際資本移動によるバブルの発生と崩壊のプロセス(第5章、タイの例)は、国毎に形こそ

変われ、グローバリゼーションがバブルに影響を与える可能性が出てきたことを示唆して興味深い。

8.メインバンクのモニタリング機能(株主としても)について(P298,341)。割り当て融資が行わ

れていた慢性的資金不足の時期は兎も角として、’60-70頃から銀行のモニタリング機能低下は顕著で、特にメインバンクの取引量が拮抗している場合、金融緩和期で下位行の貸し込み競争が激しい場合などはモニタリングの力の源泉である融資抑制を通じての企業経営への圧力は弱体化。過大評価では?

9.日本の従来のコーポレイトガバナンス体制は成長促進型(P347,結果バブルに対しても弱かっ

?)というが、米国の利益追求型コーポレイトガバナンスと比べてどうなのか?

10.日本型ヴェンチャー育成法(P367)。政策誘導は難しいのでは? ヴェンチャー投資は所詮リスキーな投資であり、リスクマネーをもって当てるしかない。ハイリスク・ハイリターン投資のカルチャーが農耕民族型の日本には根づきにくい。グローバリゼイションが一つの突破口となるか?

11.新資本主義の労働者軽視については、ITを梃子とした合理化自体が限界でコストの削り代がなくなってきたこと、労働(特に知的労働)の役割を重視すべしとの気運が米国経営者の中にも出始めていること等を見ると、日本的労働者利益配慮型への歩み寄りも出始めているのではないか。日本型の場合、コーポレイトガバナンスにおいて不十分な点があるのは否定できないが、株主、労働者相互牽制システム等、解決の方法はあるのではないか?