2001.4.1 The Board of Social Sciences

   

不在所有・不在消費・不在生産の近代経済社会

−ヴェブレンの「不在」資本主義批判−

 

坂井 素思

 

Absentee Ownership, Absentee Consumption, and Absentee Production

 in Modern Economic Society

Veblen’s Critique of Absentee Capitalism

 

Motoshi Sakai

 

 

ABSTRACT

This short essay examines some basic characteristics of modern economic society while reflecting on the prominent economist Veblen's perspective. He paid attention to the existence of the characteristic "Absenteeism" present in the base of our present day capitalism. Such Absenteeism appears as "Absentee Ownership" typically, that is the habit of thought in the property right. In this system the usufruct and the use right are taken out and separated from economic substance, and are aimed at use by other use subjects. In addition, it is a phenomenon that appears obviously in all areas of our present day capitalism such as in the consumption and the production fields, though Veblen does not clearly describe this. For instance, "Absentee consumption" comes out in the form "Conspicuous Consumption", and "Absentee production" appears through the process of "capitalizing on earning-capacity". The structure of such a modern economic society seems to advance a nihilistic relativism characterized by the absence of responsibility, the diversification of value, and the dismantlement of order. Such   Absenteeism is actually an inevitable tendency in modern capitalism, but conversely, this tendency also has the opportunity set rules and thereby controls the mechanism of excessive progress. This is a very important point, and one not to be overlooked. The contents of the paper are as follows: 1. Veblen's Central Problem  2. Absentee Consumption  3. Postmodern Understanding of Absentee Consumption  4. Modernity of Property Rights  5. What Started Absentee Ownership?  6. Absentee Production and the Use of Credit  7. Absenteeism and the Essence of Money.

  

要旨

 この小論では、近代経済社会の基本的な特性について、経済学者ヴェブレンの視点を省みながら考えてみたい。彼は、人間が必要以上の経済活動を行うようになった現代資本主義の基礎には、経済主体が不在化される「不在主義」という特質が存在することに注目した。このような不在主義は、経済の実体から用益権・使用権のみが取り出され分離されて、ほかの利用主体のもとでの活用が図られる、「不在所有」という思考習慣に典型的にあらわれる。さらに、ヴェブレンは明確には述べていないが、このことは明らかに消費分野や生産分野のような、現代資本主義のあらゆる領域であらわれている現象である。たとえば、「見せびらかしの消費」という形態をとって、「不在消費」が顕示されるし、また信用を活用しての「予想収益力の資本化」という過程を経て、「不在生産」があらわれてくることになる。このような近代経済社会の構造は、責任の分散、価値の多様化、秩序の解体という観点からみれば、限りなく虚無的で相対主義的な傾向を進めているように見える。実際にそのとおりではあるが、他方においてこのような不在主義は現代資本主義の必然的な趨勢でもあり、この傾向をルール化して過度な進行を抑制する仕組みが求められる契機の存在することも見落とすことができない。以下は、目次である。1.ヴェブレンの問題提起 2.消費の不在性 3. 不在消費のポストモダン的理解 4.所有の近代性 5.不在所有はどのようにして生じたか? 6.不在生産と信用の利用 7.不在性と貨幣の本質

 

 

1.      ヴェブレンの問題提起

 

  近代は、ひとつのものをふたつのものとして利用することから始まった。もっと正確にいうならば、近代はひとつの実体あるものから、新しい生産物であるもうひとつの実体を合理的に再び生み出すシステムであり、この限りではひとつのものを、あくまでもひとつのものとしてしか利用することのないシステムとして出発したのは確かであったが、けれども同時に、人間が必要以上の欲望を持ち、必要以上の生産を行うような状態になったとき、このひとつのものを超えるものを生み出すシステムもここには内包されるようになった。

たとえば、18世紀啓蒙思想のもとでの「労働」のつくり出す作用は前者の典型であり、またそれよりずっと以前から知られてはいたが、19世紀後期資本主義で顕著になってきた「貨幣」の及ぼす作用は後者の典型である。労働によって、人びとはひとつのものをひとつのものに対応させて利用してきた。この限りでは、勤労こそ労働の生産性を上げ、たくさんのものを生み出す源泉となったものだが、これは単に多く働くことで「ひとつのもの」を、より多くの「もうひとつのもの」に変えて生産する基本的な作用を利用したものであったに過ぎない。ところが、後述するように、貨幣の作用はこれを上回って、ひとつのものをふたつ以上のものとして利用する仕組みを準備してきたのである。けれども、この近代のもっとも根本的な原理が考えられてから、そして現在にいたるまでも、ひとつのものからふたつ以上のものを生み出すことが、どのようにして、またどの程度許されることなのかについては、その判断と評価が定まっているわけではない。それにもかかわらず、現実の近代社会では、明らかにひとつのものをふたつ以上のものとして利用するための工夫がつねに試みられ、失敗を繰り返しながらも現在に至るまで、絶えることがない。

 近代の起源をどこに求めるかという論争に、ここであまり深入りするわけにはいかないが、少なくともこの論争のなかで、科学技術の発達がひとつの争点になり、これが近代の起源とされる場合が少なくない。それは、歴史家ブローデルの三大技術の起源についての指摘にもあらわれている(1)。この小論の範囲内に限っても、技術と近代に強い接点のあることには、それだけの理由があると考えられる。経済的な意味からすれば、技術の発達は生産性の向上をもたらすことを通じて、最終的には社会構造へ決定的な影響を及ぼすことが知られている。たとえば、F.ベーコンの黒色火薬は、それまでの騎士道による一対一の戦争形態を、一対多の「生産的な」戦争形態に変えた。このことは迂回的ではあったが、権力構造に多大な影響を及ぼすこととなった。ここに典型的にあらわれているように、単なる労働による経済から、手仕事的な経済を経て、機械制工業へ移行するなかで、経済的な意味では近代というものが醸成されてきたといえよう。そして、貨幣を始めとする技術の発達のなかで、ひとつのものをふたつ以上に利用する工夫が導入されることになり、このことが経済社会の近代構造を変えていくことに結びついた。

 
 


  この視点から見ると、19世紀末から20世紀前半にかけて、米国で著作活動を繰り広げた経済学者T.ヴェブレンの「不在所有 (absentee ownership)」という資本主義に対する問題提起と批判は、たいへん示唆的であった(2)。後述していくように、ひとつのものをふたつ以上のものとして利用する、資本主義後期に共通した特徴として、経済社会の基底に「不在性」という問題が生じていると考えることができる。ここでいう不在性とはなにか。はじめに暫定的に定義を与えておくとするならば、それはほぼ次のようにいうことができる。それは、ひとつの活動主体からの譲渡・貸与によって、財貨・サーヴィスの利用主体が本来の活動主体から別の活動主体に変わることである。このように「利用主体が変わる」ことで多利用の生ずることが、後期資本主義での顕著な特徴をなしており、このときひとつの活動について、利用主体が複数存在し、したがって複数主体の一部分は不在となる。後で見ていくように、一見すると不在という言葉を使うとマイナスのイメージが強く出てしまうが、全般的にはプラス・イメージの、ポジティブな考え方であり、現代でも社会の基底で相当な影響力を与えている思考習慣であることはまちがいない。しかし同時に、これも後で十分検討するように、さまざまなマイナスの副作用も及ぼしてしまう現象でもある。

ヴェブレンの著作全体についてうがった見方が許され、したがってもっと強調した言い方を前以ってとるならば、ヴェブレンの不在所有は、さらに「不在消費」(『有閑階級の理論』 1899)、「不在生産」(『営利企業の理論』1904)という構造まで含んだものとして見ることができるかもしれない。消費の過剰は、物的な消費を超えるところにようやく成り立つことができるし、また物的な生産を超えなければ、今日の産業社会は立ち行かないところまできている。経済社会全般に渡って、「不在」ということが、近代経済の本質的な在り方となる理由があった。少し抽象的な物言いがここで許されるならば、ひとつのものがふたつ以上のものになるという点では、まず第一に旧体制から解放され近代のプロジェクトへ、プラスの貢献をもたらすものとなった。この傾向を過剰に取り上げた考え方が、ポスト・インダストリアル社会論、あるいはポスト・モダン社会論の一部であったといってよい。社会は、「高度化する」という議論であり、その高度化は永久運動を繰り返すことを期待されることになるが、果たしてそのように期待どおりにいくかは疑問である(3)

ところがここで第二に、ふたつ以上のものとして生み出されたものは、所詮はひとつのものからの分化にすぎないため、いずれは元のひとつのものへ統合さなければならないという潜在的な性格を近代自身つねにもっており、このふたつ以上のものから生ずる「不在性」をいかに整合的なものにすることができるかが、近代のもうひとつのプロジェクトとなった。近代を問いなおすことは、これまでにも何回にもわたって行われてきている。けれども、このような形での近代批判は、徐々にこの小論のなかでこれから理解を進めていくように、すこし斜に構えた方向から迂回して、つまり近代の「創造的」方向に対して「再帰的」方向を含むものとしての、本来の近代の問いなおしになると考えられるかもしれない。いずれにしてもこの小論では、このような近代経済社会における「不在性」という、ヴェブレンの問題提起をどのように解釈すべきかを、従来とすこし異なる方法で問いたいと考えている。

 

2.消費の不在性

 

ヴェブレンが経済のなかでの不在性を意識するようになったのは、彼の出発点となった著作『有閑階級の理論』であることは、意外に知られていないにもかかわらず、明白な事実である(4)。ヴェブレンにとって、不在性がはじめから意図してとりあげられたものなのか、それとも途中から強く意識されるようになったものなのかは明確には判定つかないが、それでも最初から文字にあらわされており、その意味では彼の生涯にわたる著作全編を貫くライト・モティーフであったものといえる。

彼は最初の著作であるこの書物のなかで、「有閑階級」の消費を観察した後に、女性の衣服消費やお抱えの召使・僧侶が代行する消費の在り方について、次のような指摘を行っている。「彼の制服はひじょうに金のかかったものであるが、それは、彼の至高の主人の尊厳を、似つかわしいやり方で示すためには、そうなくてはならないものである。しかし、それはそれを着ることが、その着用者の生理的快楽には、ほとんど、もしくはまったく貢献しないことを示すように工夫されている。というのは、それは代行的消費の一項目であって、その消費から生ずる名声は、その召使にではなく、不在の主人に帰せられるべきものであるからである。」(小原訳P.176)このように、消費行動の最後に行き着くところで、「不在の主人(absent master)」という消費の存在があらわれることを指摘している。このヴェブレンの考え方で重要な部分であると思われるのは、この代行的消費(vicarious consumption) とよばれる消費行為のなかに、不在性ということを表示しており、その後彼の考えを展開していくうえで重要な考え方であることをすでに明示している点である。有閑階級にとっては、自らが支出する消費活動やレジャー活動さえ、自分で行われるべき活動とはみなされない。他の家族員、あるいは使用人が浪費的な消費行動を代行し、その結果、代行という消費形態がさらに名声・名誉をより高めることになるとしたのである。けれども、ここでは明らかに通常感じるような消費欲望は、「不在の主人」にとってはまさに不在であり欠如している。このように、代行消費という、いわばヴェブレンにとってはあまり重要とは見なされずにきた考え方のなかに、不在性という考え方がまずあらわれていることには注目してよいだろう。

 
 

けれども、やはりヴェブレンが正面据えて、消費行動の「不在性」について取り組んだのは、彼の消費理論の中心的な考え方である「見せびらかしの消費(conspicuous consumption)」においてであった。彼は、人間の性格のなかには、役に立つものを好み、無駄を軽蔑する「ワークマンシップ本能(instinct of workmanship)」を原理とする態度と、役に立たない、無用のものを好み、浪費に積極的な意味を見出すという「衒示的浪費(conspicuous waste) 」を原理とする態度が存在する、と考える。ヴェブレンは、ここで後者の衒示的浪費の原理に積極的な意味を付与するような、有閑階級(leisure class) という貴族階級を仮構し、かれらの消費の不在性を衝いている。

ここで不在ということについて問題となってくるのが、なぜ人は必要以上の出費、つまり浪費を行うかについての、ヴェブレンの説明である。彼は、贅沢な浪費を行う動機を、物的な欲求や財そのものの物理的特性ではなく、物的な財を超越したところに求める点で、「不在」ということを意識した特異な消費理論を形成している。人が浪費を行う対象物は、物的な財やサーヴィスそれ自体であるにもかかわらず、財そのものの消費には意味を与えていない。ここで有閑階級が浪費を行う、その根底にある動機は、金銭的な張り合い、あるいは見栄(emulation) であると考える。この英語のエミュレーションというのは、他者に優越したいという欲求をあらわしている。名誉・名声を求め、上下の差別を明確にする(invidious) 心性に、浪費を行う理由を見出している。浪費を行うことは、ここでは人びとの格付けや等級付けを行うことであり、このことによって、他者との関係を表示していることになる。ここで、物的消費は目に見え顕示の過程で確認できるが、その影にかくれて不在消費という消費行為が行われていることを見るのは難しい。けれども、実際には現実に存在するのである。これはひとつの消費が二重に利用されていることを示している。

このように、ヴェブレンの考えた有閑階級は、名誉や名声を重んじる上層階級であるために、他者より優越することのみを目的として消費を行うところに特徴がある。けっして物質的な実益を求めるために消費を行うのではないと考えられた。物的な消費欲求が不在なのである。たとえば、この有閑階級が購入する衣服は、装飾的で高価なものが選ばれるが、これは美しいから選ばれるというよりも、むしろ富裕であることを誇示したいから選ばれるのである。また、有閑階級が身につける衣服は、身の自由を奪うような、動きにくい、非機能的なものが選ばれる場合が多いが、このような非実用的な衣服は労働を行うには不向きであるため、かえって自らが勤労せずとも暮らせることを誇示するにはたいへん適していることになる。さらに、有閑階級にとって消費は、自らの欲望のためではないという点でも、特徴ある消費習慣を持っているといえる。つまり、自分にとって役に立たない無用なものに浪費することのほうが、自らの欲望を満足させるような実用的な消費より、富裕でかつ地位の高いことを誇示できることになる。というのも、このことによって経済的に余裕のあることを衒示することができるからである。ヴェブレンは、有閑階級のこのような差異性を表示する消費習慣を、「見せびらかしの消費」あるいは「衒示的消費」とよんだ。ここで、自らの消費欲望には、物質的に有用な目的も存在しないし、また生理的な快楽に役立つという観念が欠如していることを指摘したかったのである。見せびらかしの消費は、この意味でまさに「不在の消費」なのである。消費するもの本人のなかには、精神的、非物質的な欲求があるのであるが、これは物質的な消費を通じてしか顕示することはできない。ここに不在消費が生ずる契機がある。現実には、消費者は物的消費を行うなかで、物的欲求を顕在化させ、精神的、非物質的な欲求を不在化させるのである。

さてこのような視点から見ると、ヴェブレン理論には、古くから誤解が付きまとってきていることを見ることができる。今日の大衆感情に当てはめて、この「見せびらかしの消費」を嫉妬や見栄という個人心理要因として解釈する論者が後を絶たない。これは、きわめて安易な解釈であり、このような解釈ならばヴェブレンを持ち出さなくとも、個人心理学には豊富な例が存在する。このような解釈と、ヴェブレンの理論はどこが異なるのか。それは、ヴェブレンの意図した「不在消費」に見られる二重の役割を重視するか無視するかというところにあらわれる。消費は単純に心理が表にあらわれて消費行為を形成するのではなく、物的消費が欲求をも形成する社会的なプロセスを含むのである。精神作用のみに一元化してしまう解釈は、単純化のそしりを免れない。これらの観点はすこし論点はずれるが、同じような欠点を持つ論調として、次のボードリヤールを検討するなかでも典型的に見ることができる。

 

3. 不在消費のポストモダン的理解

 

  現代におけるヴェブレン理解の典型例を、J.ボードリヤールに見ることができる(5)。それは、「差異化」というポストモダン要素を重視するところにあらわれている。ボードリヤールは、ヴェブレンを次のように評価する。「ヴェブレンは、差異化の論理を階級というよりも個人の観点から、交換構造というより威信の相互作用の観点から提出してはいるが、彼を継承し、彼を〈乗り越えた〉と自称する連中に比べてみても、差異化を根源的論理にし全体的な社会分析の原則にしている点では絶大な優位をもつといえよう。差異化とは、文脈上に付加される一変数、状況の与えられた一変数ではなくて、構造の関係的変数なのである。」(今村・塚原訳p73) ここでの差異化を導く考え方として、ヴェブレンの「見せびらかしの消費」が、彼のなかでは考えられている。

ここでボードリヤールの見識の高さを認めなければならないのは、この「見せびらかしの消費」で問題になるのが、見栄を大衆同士で競い合ったり、威信や地位を個人的に競い合ったりすることではないと考えている点である。単なる個人の動機付けとしてとらえずに、社会的なレベルでの無意識の構造として、この格差を問題にしている。この意味では、「消費の不在」は差異化という過程を経ることを指摘している点で、まずボードリヤールの功績を認めるべきであろう。

 このような解釈に従えば、近代において、たしかに差異化は新たな価値を生み出す動因として利用されて来たという一面を持っていることがいえる。つまり、ひとつのものをひとつのものとして、近代の認識は組み立てられてきた。ところが、これと比較すると、ひとつのものをひとつのもの以上に、異なるものを創造することがポストモダン要素の決定的な意味をもつものであった。ここで「差異化」という戦略は大きな貢献を果たしていると見なすことができる。ひとつのものから、同じものを創り出すのではなく、異なるものを新たに創り出すことを目指す意図が明瞭に読み取ることができるからである。

 ボードリヤールの理解する「差異化」の典型例として、「流行」をあげることができる。かつて流行では、何が流行するかという、その「何か」が重要であった。けれども、今日この「何か」は別に問われない、「流行」すること自体が重要で、そこで「差異化」が行われている。ボードリヤールは、スカートの流行を取り上げる。「ロングスカートもミニスカートも絶対的価値をもたない。相互の差異関係だけが意味の基準として働く。ミニスカートは性の開放とは何の関係もないし、ロングスカートと対立するかぎりでのみ(流行上の)価値をもつにすぎない。この流行は逆転できる。・・・この「美しさ」は、差異表示用具の生産、再生産という基礎過程の、指標的機能と合理化でしかない。美は、循環のなかでは流行とは無縁である。本当に美しく、決定的に美しい衣裳があれば、それは流行を終わらせてしまうだろう。流行は美それ自体を決定し,抑圧し、消去するほかない。・・・このようなわけで、流行は、美しさの根本からの否認に基づいて、また美醜の論理的等価性に基づいて、「美しさ」をたえずつくりだす。それは、最も異常な、最も機能不全な、最も取るに足りない特徴を、際立って差異表示的なものとして押し付けることができる。ほかならぬそこで流行は勝利するのだ。」ここでボードリヤールは、二つの意味で差異化を使用していると見ることができる。ひとつは個人的「差異化」、そして記号化した社会的「差異化」の創設というシステム差異化の意味である。ここで重要なのは、流行に第一次機能と第二次機能という二つのレベルが存在し、とりわけその第二次機能において、ヴェブレンから受け継いだ「差異表示機能」の重要性という視点をさらに遠くまで押し出している点である。差異化が二重の機能を持ち、次から次へと差異化を繰り返すプロセスとして、消費の社会的プロセスを描いている。記号化するという相対的な視点を持ち込むことによって、差異化をそして消費を、記号の体系のなかに昇華してしまっている。消費されるものは、差異化によって記号の身分に移行し、その商品の実体として持っていた使用価値から切断されると考えている。

けれども、ここでボードリヤールの記述は、ヴェブレン理解を「差異化」のレベルでしか行っていないという、きわめて偏向した見方をとっていることによる難点がある。第二次機能において、ヴェブレンの差異化を否定せざるを得ない論理を忍び込ませることになっている。実体が存在して、はじめて「見せびらかしの消費」は成り立っていたのであるが、ボードリヤールでは差異化に差異化をかさねることで、実体はどこかに置き忘れてきてしまっている。これは、明らかにヴェブレンの意図した「見せびらかしの消費」とは別物を描いてしまっている。この差異化による「不在」の解釈は、ひとつの典型例としては認めることはできても、ヴェブレン本来の意味を歪曲し偏向させ、誤解を招くもとになってしまっている。

ヴェブレンは、差異化が差異化を繰り返すのではなく、むしろ差異化が再び同化されて、そこに思考習慣として生成される「制度」が成立すると考える。つまり、「見せびらかしの消費」という消費行為は、人びとのなかに習慣として定着する「趣味」であるとされる。消費する人びとは、共通の思考習慣にもとづく制度としての「趣味」を持っていると考えられている。このような趣味は、消費者のなかにある暗黙の慣習的なルールのようなものである。けれども、この趣味は決して個人的なものでもないし、単なる物質的なものでもないと考える。さらに、個人の単なる精神的なものでもないとする。ここで実際に、ヴェブレン自身の「見せびらかしの消費」のなかで、趣味判断がどのように行われているかが問題になる。彼は、趣味の判断を、「消費を規制(regulate)する規準」と考えている。消費者は、消費を行うときに、人びとに暗黙のうちに公認された規則の体系(a code of canons ) に従っているとする。もっとも、このような消費の規則の体系は、ひとつの単純な原理でできているのではなく、有機的に結びついた複合的な思考習慣によって成り立っている。したがってたとえば、消費者はすでに確立された慣例に従ったり、好ましくない評判のものを避けたり、良識や習俗にそむかないことを規準にしたりすることで、このような柔軟なルールに従う実際の消費を実現することを目指している。消費者は、このような「趣味」という消費についての暗黙のルールを形成し、そのルールに従って消費活動を行っている。

 このようにして、趣味の規準は人びとの消費活動に影響を及ぼす。このとき、ヴェブレンが強調するのは、この規準が「創造的な原理(a creative principle)」として働くのではなく、むしろ「規制的な原理(a regulative principle)」として働く点である(6)。この規準に従ったとしても、消費の新しい欲望がつくり出されるわけでもないし、また、新たな流行や消費慣習が創造されるわけではない。つまり、この規準は積極的な原理であるというよりは、むしろ消極的な原理として働いている。ここで消極的という意味は、趣味という規準が消費活動を淘汰的にしか判断しないということである。趣味は、新しい消費を直接生み出すことはしない。この規準に適合することが消費活動として生き残る、必要条件となる。この規準に合致することで、つまり人びとの趣味によって選択結果が受け入れられることになる。ここで、ある消費活動が適切なものかどうか、妥当な活動なのか否かは、この規準に適合しているか否かに依存している。つまり、「不在消費」は、そのもとが不在であるだけに、消費基準が相対的なものになりやすい性格を本来的に持っている。このため、「創造的な」過程によって生成された消費は、「規制的な」過程を経て、さらにまたこの過程を繰り返すことによって淘汰作用が働き、最終的な消費が完結されることになる。不在消費は、現代において不在性が強くなればなるほど、この意味で差異化過程のみによっては生成できないものとなりつつある。

フランス社会学者P.ブルデューは、著書『ディスタンクシオン』のなかで、趣味概念を現代に復活させて、次のように定義する(7)。趣味は「消費される財の性格、およびその消費のしかたを通して把握される、つちかわれた性向や文化能力」である。彼は、独自に行った調査のなかから、三つの具体的な趣味世界を抽出し例示する。第一は、正統的作品への嗜好である「正統的趣味」である。第二は、メジャーな芸術のなかのマイナーな作品、あるいはマイナー芸術のなかのメジャーな作品と位置付けられるものに対する嗜好で、これを「中間的趣味」とよぶ。第三に、通俗化して評価の落ちてしまった芸術や庶民層で頻繁に見られる嗜好で、「大衆的趣味」とよんだ。ブルデューが強調するのは、このような人びとの趣味が、それぞれ等級付けられた、学歴水準と社会階級にかなり対応しているという点である。正統的趣味の採用が顕著なのは、学歴水準の高い階層である。中間的趣味は、知識階層や庶民階級よりも、中間階層であらわれている。そして、大衆的趣味は、学歴水準と反比例の関係を示すことがわかる。つまり、ブルデューにとって、消費、そのなかでも芸術などの文化消費は、階級などの社会的差異を表示するものである、と考えられている。ここでの消費は、芸術などのサービス消費を含むだけではなく、最終的には人間関係を示し、趣味という社会的に成立する傾向を媒介している。音楽や絵画は、それ自体、人間に対して美的趣味を与えてくれることはまちがいないが、ここで強調されているように、それと同時にそれらは、人間関係の刻印(マーク) としても機能している。ここでブルデューは批判的な視点からではあるが、差異化のあとに、それが習慣・慣習として定着される過程を認めており、この点でボードリヤールの解釈とは、微妙に異なっている。

またヴェブレンと同様に、浪費のなかに、過剰分の贈与あるいは蕩尽という意味を見たのは、M .モースの『贈与論』の考え方を受け継いだ、G .バタイユの『呪われた部分』であるが、彼もまた、差異化のあとにそれを定着に導く同化の過程が存在することを強調する(8)。バタイユが積極的な浪費の典型例のひとつとしてあげたのは、ヴェブレンも『有閑階級の理論』で取り上げている、北西部アメリカ原住民に伝わるポトラッチ(potlatch)とよばれている風習である。ポトラッチでは、もっとも富裕で実力のある部族の首長から、そのライバルと目される首長への富の贈与という形式がとられる。このとき、贈与の気前よさを見せつけるために、実力者や人びとの前で莫大な富を破壊したり蕩尽したりすることが行われた。たとえば、村落を無目的に焼き払ったり、何隻ものカヌーを粉砕したり、さらに紋章付きの高価な銅塊を、海中に投じたり打ち砕いたりしたことが報告されている。このような贈与や蕩尽が、孤独のうちに行われるのではなく、人前で行われるという点が重要である。首長は大事なものを失うという事実によって、じつはより重要な何ものかを獲得するという、積極的な意味がここにはある。このようにして、それまで蓄積してきた富の贈与や消尽は、これによってその実力者は自分が他者より上位者であるという、威信を手に入れることを意味していた。差異化と同化は、コインの表と裏の関係があり、その片方だけでは意味を持ち得ないものであった。

以上で見てきたことから考えると、ヴェブレンの衒示的浪費原理には、次に挙げるような不在性特有の性質のあることがわかる。第一に、ヴェブレンは、消費のなかで他者に見せびらかす要素を強調している。消費を行う規準を見せびらかしという「衒示」に求めている。このことは、消費される財そのものよりも、その財に浸み込んでいる他者との関係を強調していることになる。そして、このような浪費のなかで、とくに社会的な淘汰作用を受け、人びとに受容された浪費原理だけが生き残っていくと考えている。ここで重要だと思われるのは、この衒示的浪費の原理が、エミュレーションという競争過程と、社会的淘汰という受容過程の相互作用によって成り立っている点である。他者に優越したいという主観的欲求と、その欲求を受容する側の主観とが、相互に適合したときに、はじめて衒示的浪費は成立する。この点で、もしひとつの衒示的浪費が継続するならば、そこには浪費する側とそれを受容する側のこのような、いわば相互主観が成り立つことが衒示的浪費成立の条件となっていることがわかる。そしてこの場合、浪費される財には、双方の主観が浸み込んでいるのである。物的な消費ではなく、他者との関係においてあらわれるような「不在消費」の特徴を顕著にもっている。

第二に、ヴェブレンは、衒示的浪費の原理が代行的消費によって強化されることを説明している。この視点を導入することで、衒示的浪費の現象を幅広くとらえることが可能になっている。ここで、衒示的浪費の代行者とは、消費によって優越する有閑階級(上位) と、優越される労働者階級(下位) の中間に位置する、媒介者の意味がある。つまり、上位者には模倣によって従うが、下位者には差異を示すことで優越することになる。今日の消費社会を考える場合には、むしろこのような代行的消費の方が示唆に富む場合が多い。消費主体が不在であるという、きわめて現代的な性質を暗示している。

第三に、ヴェブレンは、このような衒示的浪費の原理が継続して働くならば、それはひとつの制度、あるいはヴェブレンの言葉を使うならば、思考習慣として成立していると考えている。一見すると、浪費行為というのは、人びとの個人的な欲望のおもむくままに行われているから、社会にとって無駄と考えられるような現象が生ずると考えられがちである。けれども、ここで見てきた衒示的浪費に典型的に見られるように、たとえ暗黙のものであったとしても、ここにも思考習慣上のルールが存在しており、このルールに則って浪費が行われていることが明らかにされている。浪費という、社会的に見てかなり逸脱した行為だと考えられているところでも、人間は「ルールに従う動物」であるという人間の本性を見出した点で、ヴェブレンの考え方は評価される。不在性はいわば人間にとって本質的な特徴であり、むしろ不在という特徴を持っているから、かえって消費行為というものをルール化する視点を築くことができるのである。ここで、新たに生ずる消費欲に対して、つねに不在性という問題が付きまとっていることを意識したうえで、この「不在消費」についての思考習慣を巡らそうとする点で、ヴェブレンの「有閑階級」は、一般に認識されているような大衆に対するシニカルな存在から抜け出て、さらに消費の範型というべきものを提示していることを見ることができる。

 

4.所有の近代性

 

 現代の「私有財産制」は、きわめて近代的な経済制度である。ここで「きわめて近代的」という意味は、労働によって新たに生み出される経済的価値がその労働主体のものとなるという通念が近代に成立しており、これが近代的経済制度の基本である、ということである。例外の存在は否定できないとしても、このような考え方は自然権思想の中できたえられ、古代から中世のなかでも、試行錯誤された結果、啓蒙プロジェクトの大きな柱として、ついに近代になってJ.ロックなどによって打立てられた金字塔的「思考習慣」であったと言って良い。それまでの私有財産制は、きわめて維持的・保守的性格であった。労働以上に土地・資本の保有が私有の源泉であったが、ここではじめて革新的で合理的な私有財産制の考えが立てられたといえる(9)

  したがって、所有権というものは人間が本来持つ自然権と対立するものであるという考えが、結局自然権をもっとも主張するJ.ロックのような論者たちから発生したのは、故あるところである。そこでは、所有制度が全く新しい内容を持つと同時に、それまでの自然権思想の旧い形式を引き継いでいる必要があったからである。この点では、所有制度の近代的転換は、制度変化一般のひとつの典型を示しているといえる。

  所有とは、そもそも「自然のものは自然へ、神のものは神へ」帰属する現象である、と自然権論者は主張してきていた。したがって、この自然の理法に従えば、人間が生まれることによって、自然に生存の権利を獲得することは当然のこととされた。このことは、たとえば自らの身体というものは少なくとも自らのものであることを示していた。つまり、ここまでは、人間に与えられた自然権と、誰もが認める所有権との間には矛盾はなかったのだといえる。

  ところが、問題なのは、自分の身体以外のものの所有権である。これが自分のものである、と認定できる理由は、どこにあるのかという点である。とりわけ産業社会では、この点は重要である。なぜなら、つねに新たなものが生み出され、その所有権を確定しなければ、そもそも産業というものが成立しないからである。先にも述べたように、近代産業社会では、新たに生産されるものの所有をどこに帰属させるかが、その社会の性格を決定的な点で定めている。経済学の古典派で確認されたように、労働、資本、土地などの所有主体が、それらから生産されたものの所有主体であり、すなわち経済活動の主体であると考えられてきた。

  したがって、17世紀後半に英国哲学者J.ロック『政府二論』が、次のような質問を発して、その疑問にひとつの解答を与えたことは、単に哲学上の観念だけに変革をもたらしたのではなく、経験的な世界での所有制度そのものの変化を確定するのに、実質的な影響力を持ったものといえるだろう。「神が人類に共通に与えた物の部分について、共有者すべての明確な契約が成立することなしに、どうして人間は所有権を持つようになったのであろうか、私はそれを説明するようにつとめよう。」と記しているが、ここには自然権の考え方から出発して、最後は従来の自然権の論理を超える考え方を提示しようとする意図が強く感じられる。ロックがここで明確にした点は、人々の共同資産の一部を個人の私有物としたときに、他者の同意もなしに(つまりは、他者から異議を唱えられないで)正当化することが可能である、ということである。つまり、法律などによって社会契約を結ぶことにより、所有が認められる以前に、すでに人々を暗黙のうちに拘束している所有制度というものの論理を、ロックは発見したといえる。

  ロックの採用した方法は、論理の拡張というレトリックを利用したものであるが、その説明は明解である。自らの肉体が自分のものであるならば、その肉体のなす労働、たとえば自らの手の働きは、その人のものといってよい。したがって、この労働を混ぜ合わせ(mix his labor with)たり、結合させ(join to his labor) たりしたものは、その人の所有となる、というものである。

  たとえば、ロックはリンゴの所有を問題にしている。このリンゴは、いったい何時からその人のものとなったのかと問うている。自然が与えたままの状態での果実は、自然の産物であるから、人類共有のものである。ところが、自然が与えた状態から、このリンゴが労働を加えて取り出されたときには、まぎれもなくこの労働を加えた人の所有物になると指摘する。ここでは、共有者全員の同意を得るわけではないが、労働を行ってリンゴを得た人はそのリンゴを所有できるのであり、労働を加えた人の所有物を、労働を行わなかった他者が侵害することは許されないのが普通である。つまり、ロックは労働の作用に注目して、この労働によってのみ、所有権は正当化されることを強調する。ヴェブレンも、近代においてこの労働の持つ意味が重要であることは、再三強調している。「所有は一つの自然的権利であるという、かの常識的観念が発生したと考えられる。その意味は人間が創ったもの、即ち彼が自己の労働によって造ったものは総て、このことによって彼の所有に属し、彼らはその自由な処分権を取得することを得るというのである。」

西欧合理主義の近代個人像には、他者から独立して、何ものにも支配されない個人という要素が強く働いている。けれども、このような個人の境界線上で、微妙な変化が生ずることになる。個人の独立した意志にもとづいて、個人の肉体と人格が維持され、これが労働の対象に注ぎ込まれると考える。したがって、この労働の結果生産された対象物は、彼の人格が注ぎ込まれたものとして、彼の一部であると認識される。「したがって、生産された『財貨は、彼がそれを創ったということによって、彼の所有に属する』ことになる。」ここで、私有財産制というものが、あくまで個人の範囲内にとどまる効力しか持ち得ないものであり、決して他者との関係が生じないものであれば、おそらく私有財産制はそれほど大きな意味を持ち得なかったであろう。ところが、後で見ていくように、じっさいには所有は個人的な現象ではなく、きわめて社会的な現象であり、このため社会全体に影響を及ぼすような所有の在り方がそれぞれの時代に醸成されてきたといえる。

  労働による所有というロックの発見は、単に自然権による物の所有を確定するばかりでなく、それに加えて、労働の加えられたもの、つまりは、人間の生みだしたものの所有権を確定している点で、今日の経済社会にとっての基本的な発見であったと考えられる。この点でもう一歩踏み込んでロックが主張していると考えられるのは、政治学者C..マクファーソンなどによって指摘されている、「腐敗制限」の問題である(10)。つまり、自然のものであっても、そのまま放置されて腐敗したり破壊したりしてしまうのであれば、神の意志にそぐわないから、腐敗する(spoil) 前に、あるいは、腐敗すると予想されるものの制限の内であれば、自らの労働で手を加えたものは、その人の所有となる、という考え方である。

ロックはつぎのように指摘する。「腐らないうちに利用して、生活の役に立て得るだけのものについては、誰でも自分の労働によってそれに所有権を確立することができる。けれどもこれを越えるものは、自分の分け前以上であって、それは他の人のものなのである。腐らせたり、壊したりするために、神によって創られたものは一つもない。」この制限の範囲まで労働による所有が許される、と考えている。このような考え方は、労働がそこで加えられることによって、その自然物がそれまで以上の価値を得ることを確信していなければ成立しないのは確かである。正確に言うならば、労働を加えなかったならば、自然のものには腐敗が起こって価値が減じてしまう可能性があるということになる。この腐敗制限は、労働による所有という考え方を、この制限の範囲内までしか許容しないという点で、ひとつの正義を明示している。けれども他方において、この制限は労働による所有が既存の他者所有を相当侵してしまうことを示唆している。このことからわかるのは、ロック自身は自然権の考え方の延長に自分の所有権の考え方を置いていたにもかかわらず、この論理を超えて、労働を加えた人に所有権が与えられる、という、新たに生み出されるものの所有を正当化する考え方を同時に提供している、ということである。

  この後者の点は、すくなくとも現代社会でみられる経済的インセンティブという観念の原点のひとつと考えられるものである。ここで経済的インセンティブというのは、手を加えたもの、あるいはその労働と同等の付加が行われたものは、その人のものである、という原則によって引き起こされる経済的意欲のことである。ここで使われる原則は、ロックの時代以上に、今日の経済社会ではたらく基本的原理のひとつを占めているといえる。

  ロックはこの所有論を土地制度の解釈に応用を試みている。これはさまざまな難点を歴史上数世紀にわたってまき散らすことにはなったが、この例は、所有観念が社会制度と暗黙のうちに結合した結果成立した、成果のひとつであったことはまぎれもない事実であった。当時英国農村では、囲い込み(enclosure) と呼ばれる事態が進行していた。村の共有地(common) や小作人の農地などが、さまざまな契約や買収によって、私有地化され、牧羊地や私有農地へ変換されていったのである。ロックは、小麦あるいは大麦が播かれている土地と、全く耕作されずに共有地の荒れたままの土地との比較を示し、労働に基づく所有が土地の共有より優るとする。ここでは労働によって土地を私有することは、村の共有地は減少させることになるが、人類全体の資産を減少させることにはならず、かえって増加させることになる、と考えられている。

  さらに、このロックの「腐敗制限」の論理をすこし拡張するだけで、所有の「略奪」的権限が部分的に正当化されることになる。つまり、本人がその所有物を利用する能力に欠けているときには、他者が利用してそこから利益を生み出すことは「神の意志」に適うものであるという考え方である。この場合、神の意志に従うならば、「自然権」として考えられるが、近代では明らかにこの規準は「人為」的なものとなった。たとえば、この小論に関係するヴェブレンは、所有の略奪的権原という観点を持ち込んでいることでも知られている。彼は所有の根源のひとつとして、貴族階級の示す略奪(plunder) を加える。所有ルールのもとでは、貴族階級は、武勇を競い、社会的地位や名声を張り合うこと(emulation) 、そしてその象徴としての富を獲得すること(ownership) が栄誉であると考えられた。このような略奪というルールが設定されている社会では、労働と節約によって富を増大するという動機付けは無駄であると考えられ、また価値としても低位に位置付けられることになる。

  もちろん、ヴェブレンの学説が現代においても正しいものかどうかは、疑問の残る所であるが、次節で見ていくように、「不在所有」のもとではむしろこのような、労働以外の要因による所有権の在り方が問われており、それが現代の所有を形成しているといえるかもしれない。他者の所有物を自分の所有物であるとする、所有権の在り方がとくに問われることになる。自給自足の時代であれば、自分の労働で創ったものは、その人のものであるということには、何の問題もない。けれども、時代の変遷するなかで、他者のものを自分のものにするような必要が生じた。そして、ここで強調しておきたい点は、これまでみてきたように、所有制度は経済全体の基底ではたらいているものである、という点である。したがって、この所有制度がほんのわずか変化しただけでも、人と物との関係に大きな影響となってあらわれるということである。この影響は、物的関係にあらわれるばかりでなく、人間の活動あるいは意欲、道徳観にもあらわれることになる(11)

 

5.不在所有はどのようにして生じたか?

             

 J.ロックの所有論には、これまで見てきたことからわかるように、二つの解釈が成り立つことが知られている。ひとつは、『政府二論』の「所有について」の前半部で強調されているように、私的所有の権限は「労働」の付加であるという説であり、これこそロック所有論の本質であるという見方が存在する12)。ところが、ロックは「所有について」の後半部において、労働以外の所有権限を認め、明らかに所有論の基礎を拡張する試みを行っている。この拡張は「貨幣」という、あらかじめ人間にとって親しいメディアを通ずることによって可能となっていると考えられている。

  ロックは次のように記している。「人間が必要とするより以上を持ちたいという欲望をもつようになると、ただ人間生活にとって有用であるかどうかに依存する物の本来の価値はかわってしまう。消耗滅失しないで長続きする黄色い金属の一小片を、大きな肉の一片や穀物の一山に値するものと定めるようになってしまった。」と述べて、人間社会への貨幣導入は労働による所有以上の所有を認めることになるとロックは考える。つまり、「・・・ただ貨幣が発明され、それに価値を認める人間の暗黙の同意があるので、(合意によって)この法則以上の大きな財産と、それに対する権利とが生じてしま」うことになる。貨幣はこのようにほかの財貨と異なり、「腐敗」することなく保存でき、蓄積が可能であるという性質を持つ。このため、貨幣が消滅してしまうものと交換するという機能を発揮することで、永続性のある価値の保蔵を可能にするのである。この結果、貨幣の利用は所有という概念を大幅に拡大することになる。

 労働による所有権源の考え方は、個人が私的な所有を正当化することについての、ごく正統的な考え方である。ところが、むしろここで近代において決定的な意味を持つのは、二つ目の貨幣による所有権拡張である。これが「交換」という点にかかわるからである。ここで重要なのは、所有制が交換の行われる前提となっているばかりでなく、むしろ交換が所有の前提となっており、これらが同時発生のものであることである。労働から得たものに全幅の支配権と処分権があることが、財貨の譲渡には必要であるという形式的な点だけでなく、交換によってこそ自分の「労働の成果」のみならず、他者の「労働の成果」についても、効率的な使用が行われる可能性を持っている。ロックは「彼はただ、それら(所有権を得たもの)が駄目になる前に使用してしまうように気をつけさえすればよかった。それでないと彼は時運の分け前以上をとり、他人のものを奪ったことになる。そうして自分の使用し得る以上に蓄積することは、不正直であるばかりでなく、実にまた馬鹿なことでもあった。もし彼が、自分の所持しているものが無用に滅失しないように、その一部を他の何人かに譲り渡すなら、これもまた利用したことになる。」と指摘している。

つまり、私有について「労働」による獲得と、自然権として認められた私有物の「貨幣」による売買自由という二つの思考習慣は、ほぼ同時に成立してきたものと考えてよい。この観点には、後に述べるヴェブレンの不在所有の考えに結びつく点が含まれている。ヴェブレンは歴史的にみて、小規模商業が行商規模に発展したころに、後で問題になる「不在所有制」が発生したとの見解をとっている。けれども、このような歴史上の起源はおそらく確定できない。それよりも、自然権思想の根本に戻るならば、労働による所有が認められ、そこで余剰が生じれば自由売買による所有権譲渡が自然発生的におこるから、この点からすれば近代的な所有には、両者の考え方が含まれていたと考えることができる。

 このようにして、もし交換による所有権譲渡が認められるならば、前節で述べたようなロックの「腐敗制限」による所有は合理的な慣習として一般に認められることになる。より少なくより非効率な利用を行っている他の人より、その本人がより多くより速く効率的に利用できれば、そこで生じた差額はその本人に帰属するものとなる、という貢献原則に従った所有権の在り方は、近代に共通した、ほぼ普遍的なルールとなって定着することになる。この点では、「労働」による所有権、「交換」による所有権譲渡の考え方は双方ともに、より多くより速くという近代的貢献原則を含むことで、近代所有権の起源と認められる。

 ここで私有財産制が生成されるのは、労働による個人の私有という点のみならず、社会のなかでより効率的に活用される使用における私有という点が重要であった。つまり、交換の体系にとって、私有財産制は必要であった。このとき、交換されるものは、譲渡という権利の移譲が行われるために、必ず財の交換には、その財の処分権・支配権が確定されていなければならない。このような常識的な意味で、交換の前提には私有財産制が必要である、ということを言うことができる。けれども、ここでそれ以上に強調しておきたいのは、「交換」という仕組そのもののなかに、私有財産制という制度の解釈拡張が潜在的に含まれている、という点である。このとき、交換において、すでに労働によって獲得されたひとりの所有者(A)の財貨が、他のもうひとりの所有者(B)の手に移動するが、このときこの財貨について、AよりもBの方が、相対的により効率的にその財貨を活用することができると、AもBも考えていることになる。このことを示すのに適当な純粋な思考モデルを、リカードの比較生産費説に取っても良いが、いずれにしても交換行為を導入すると、参加者の双方有利化がこのなかで見られることになる。

 
 


 ここで重要なのは、近代になって、労働による私有の権限と、交換による私有譲渡という近代以前からの権限とが同時的に存在し、双方ともに私有の根拠として重要な意味を持っており、なかでもとりわけ強調しておきたいのは、後者における私有の譲渡・貸与である。ここでは、譲渡・貸与によるメリットが暗黙のうちに設定されている。ここで、本来自分の私有物を、他者が受け取って活用することが、自分のもとに私有物として止まるよりも、何らかのメリットがある、ということである。この仮定が存在しないならば、この私有の譲渡・貸与は成立しえない。

この貨幣の導入によって可能になったことが、じつはヴェブレンの「不在所有」を成立させている本質的な点である。このことは前述したように、不在所有が商業を起源とするところに顕著にあらわれている。所有物が貨幣と交換されることのなかで、所有権の解釈が分割され、さらに部分的に分離されて、最終的に所有権の考え方そのものに影響を与えたと考えられる。それでは、ヴェブレンの指摘する不在主義(Absenteeism)の核心はなにか。それは、貨幣を媒介とする譲渡によって、「所有権から用益権(usufruct)の分離」が可能になったということである。所有権には本来、その物に対する絶対的な支配権が認められることで、最終的な処分を行なう権利が含まれている。自動車会社から乗用車を購入した人は、その乗用車を自分で使用しようが、壊して捨ててしまおうが、さらにほかの人に譲ってしまおうが、自由に使用し処分する権利を持っている。ところが、この乗用車の所有権にこの処分権のみを残して、用益権(つまり使用権と収益権)を分離することが可能であるとする思考習慣が近代に積極的に利用されるようになってきている(図3参照)。もし所有者がその乗用車を当分使う必要がなければ、その所有権を保持したままで、賃貸契約を結んで乗用車を貸与することができる。このとき、所有権から使用権を分離することが可能になり、所有者は使用されている自動車の「不在所有」者になる。ここでは、用益権を有効に利用することで、これまで以上に近代特有の貢献原則の強化を図ることができるというメリットが存在している。このため、所有権とは絶対的な支配権を持つことであるとするような初期の資本主義から、この形式への発展は必然的であった。けれども他方、所期の所有実体から用益のみが分離されてしまうことによって、A.A.バーリとG.C.ミーンズによって1932年に指摘された有名な「所有と経営の分離」に見られるような、「所有主体と利用主体の分離問題」を生じさせてしまうことになる。一般的な言い方をすれば、ここでいわゆる「依頼人―代理人(Principal-Agent)問題」を生じさせ、この行動主体本人と代理人との距離が遠くなるに従って、行為責任の不在という現象を起こさせてしまうことになる。このような不在所有は、具体的には株式会社制度の発達のなかで浸透し、トラスト、持株会社などの企業結合制度として今日の企業社会のなかに定着している。

このようにして、現代を支配する中心的な経済制度は、私有財産制ではなく、不在所有制である。ヴェブレンは、当時の米国経済体制が資本主義のなかで発展を重ねた結果、その根底にある経済制度基礎を変容させてきてしまったことを指摘している。つまり、わたしたちは生産を行い、その所有の確定したものを売りにだし、取引を成立させ、市場経済を築いてきたというのが、共通の理解であった。ところがわたしたちが何かを所有していても、あたかも所有していないかのごとくにふるまい、かつ、その使用を他者にやすやすと任せてしまっているような、思考習慣が現実には所有制度全てを支配していることを見ることができる。所有の実体そのものが用益権を行使するのではなく、他者が実際の用益権を利用する体制が経済の現実を支配するようになっているのである。

このような考え方は、一方では現代のニヒリズムの極地とも言える。つまり、利用や使用は他者によって行なわれ、所有実体は不在であるからである。けれども、他方ではこのような考え方を取らずには積極的なビジネス展開を経済のなかで行うことができなくなってきており、ニヒリズムではなく、それと正反対のビジネスの最前線で持つことのできるもっともポジティブな考え方であり、この傾向は必然であるといえる。利用は、もっとも有効な利用のできる可能性のあるものに任せるべきであるということになる。現代では「所有から利用へ」は、流行りのビジネスモデルとなっていることからもわかる。

 けれども、この近代での所有権の在り方は、新たに生ずる財・サーヴィスの所有権を決定するものであって、そもそもの本来の固有にある所有権の在り方を問うものではなかった。つまり、依然として、近代以前の財所有者の決定方法は、確定されないし、少なくとも近代の方法では確定できないものであった。占拠や略奪などの暴力的な封建時代の決定方式が、現代でも有効な場合があることでそのことは確認できる。

 したがって、ここでひとつの問題が浮かんでくることになる。つまり、近代的所有権では、これから生み出される所有権については、確定する手段を持っているが、既得権については別のルールを導入しない限り確定できない、という近代の根本的問題が生ずることになる。近代の所有権ルールは、追加的な所有権の解決はできても、核心的な本来の所有権については確定する手段を限定的にしか持つことができない。追加的な所有権が累積されるときにのみ確定できるとしかいうことはできない。この点で、所有の確定には、単に近代的な方法だけでは行うことのできない問題が生ずることになる。そして、貢献原則の適用のときにはつねに、既得権の貢献をいかに評価するのか、という問題が不確定の問題として残されることになる(13)

 この結果、近代の最終的な所有権は、つねに本源的な所有権と、近代的な所有権との二重の支配を受けることになる。例えば、労働の本体は、労働者本人に所属しつつ、同時に、労働力は他者へ譲渡することが可能になった。さらに、資本の在り方こそ、このような所有権の二重性の影響をまともに受けて成立していた。つまりは、近代以降の所有権は、つねにこのような二重の支配を受ける、と言う意味において、所有の在り方それ自体が近代的所有において「不在的」であった。このような近代の所有権そのものが、本来的に不在所有であったのである。

このような不在所有制は、所有権から用益権を分離する手段が発達することによって可能になった。この手段とは、過去においては貨幣であり、現代では信用である(14)。実のところ、不在所有制が「信用」の発見によって突然変異的に生成されたという解釈は、ポストモダン神話にぴったり合っていて、きわめてふさわしい比喩のように聞こえるが、それはあまりに早計な結論である(15)。このことには詳細な検討が必要である。すでに近代が生成される時代から、すなわち17世紀からこの不在所有、私有、信用はからみ合って胎胚されていたのである。労働によって生み出されたものが私有財産の基礎だと言ったとき、その労働が個人の必要を超え出て、他者のものにまで手を加えることが想定されたはずである。ロックは単に個人が自分の回りのものだけに限って「手を加える」と言っているが、さらにそれ以上の意味が含まれることを当然予想していた。このことは、不在所有制という所有権の領域を超えて、資本主義の生産の在り方にも影響を与えることになった。

 

6.不在生産と信用の利用

 

産業社会の進展は、生産の過剰という問題に、いずれは突き当たることになる。ヴェブレンはこのことを19世紀後半から20世紀前半の米国経済に見ていた。このことはもちろん、消費需要の問題であると同時に、供給の問題としても顕れてくる。機械生産が産業社会に浸透するに従って、技術によって生産性の上昇した既存の産業部門では恒常的な生産過剰が起こって来る。このときに、新たな消費需要を引き出すか、あるいは生産を抑制するかという問題に迫られることになる。通常は、両方が一度にもたらされることになる。たとえば、シュムペーターのいう「創造的な破壊」はこの両面を持っている。

  この生産過剰になった産業社会の過程では、「信用」が重要な働きを行うと、ヴェブレンは指摘しているが、このことが企業の生産に不在性が忍び込む原因を形成しており、さらにはこのことが近代産業社会の基本的な構造を形成している。信用の利用は、生産に対してますます貨幣の影響力を及ぼすことになり、物的な生産から得る実質的な利得ばかりでなく、それに加えて、信用の利用から得る貨幣的な利得も企業の価値を高めるものとして、重要視されることになる。初期資本主義では、企業の目的は、物的生産を通じての企業利得の獲得にあった。ところが、企業価値を高めることについて考えるのであれば、単に物的生産にのみによる生産活動の拡大を図るだけでなく、むしろ非物質的な生産活動によって、企業利得を獲得しようと考える選択肢もあり得る。そしてその場合に、企業家は物的な生産を抑制し非物的な生産活動を行おうと考える傾向がある。このような事態をここで、ヴェブレンが使っている述語ではないが、「不在生産」とよんでおきたい。物的生産を行いつつ、それを抑制し、信用利用の不在生産を行おうとする傾向があらわれるからである。ヴェブレン自身はこのような事態を企業家による「サボタージュ(sabotage)」とよぶことになる。

  なかでも、ヴェブレンの時代にかなり多用され、現代日本においても顕著に用いられるようになった一般的な方法が、信用の利用によって、合併・吸収などの企業合同を図り、これによって積極的に、企業が関係する市場の支配を図ることである。このような信用利用による企業合同では、 (1) 企業の市場対策として、競争の制限などの「市場支配」という利点があるだけでなく、(2) 企業内部のメリットとして、企業システム内での「規模の経済」、そしてこれらの実現から評価される結果、(3)この企業の将来の「予想収益力」が上昇し、それが株価に反映されることが知られている。

そして、このように将来の予想収益が増大することは、その企業にとって、グッドウィルなどの無形資産の増大が図られることに繋がる。つまり、信用利用による一連の非物的生産は、無形資産の利用による企業価値の増大をもたらすことになる。この背景には前述のように、物的生産活動の拡大によって、企業の有形資産を増大させることには限度があるという状況が存在する。生産性の向上については、技術開発が活発に行われている産業ではまだすこしずつ発展する可能性は残されているが、しかしそれも直ちに限界に近づくことになる。このように、物的生産について今後それほどの発展を望むことのできないような段階にある企業にとって、無形資産の増大を通じて企業の拡大を図ることは常套手段である。この無形資産増大策として、一般に信用が利用される。 

明らかに、ヴェブレンはここでこの種の言葉を集中させている。アブセンティに始まり、サボタージュ、インタンジブルなど、いずれも不在性を強く印象づける言葉使いを行っている。このような言葉を使うことによって、生産のさまざまな領域で不在性という共通の特性が形成されているのを見ている。このことは、次で見ていくように生産にかかわる労働分野においても生じているとする。

  なぜ不在性が生ずるのかという問題について、この不在所有のもっとも原型に当たるものとして、ヴェブレンは二つの形態のあることを指摘している。第一には、これまでにも詳述してきた、自然的権利としての「労働による所有」に基礎を置くものであり、この労働によって制作された商品を売却するかあるいは貸与することから生ずる不在所有である。第二には他人の所有する材料を仕上げることにその工作技能を使用するような、賃金関係を発生させる第二の不在所有である。この第二の不在所有は、いわば労働から派生するサーヴィスに関する不在所有である。つまり、労働力に関する不在所有を指している。今日の言葉に置き換えるならば、サーヴィス経済は不在所有の産物であることになる。

  これらの考え方に、共通にうかがうことのできるひとつの考え方がある。それは、サーヴィスが実体あるものから、何らかの形で誘導され、派生されてきたものである、というものである。サーヴィスは、労働や財産の派生体(derivative)、あるいは誘導物である。サーヴィスが生産労働を補完するために生まれてきたり、物財の利用を促進するために生まれてきたりという派生的な現象がこのなかで多く見られる。そこで問題となるのは、なぜサーヴィスはこのように労働から派生するのか、というその理由である。ここで「労働の不在」によって、サーヴィスが派生する理由には、大きく二つのものがある。ひとつは、サーヴィスの提供する側で生ずる理由、もうひとつは、サーヴィスの提供される側で生ずる理由である。この観点は、C.クラーク『経済進歩の諸条件』によって定着された。彼は、このようなサーヴィスが派生する理由とは、まず第一に産業構造の変化にあると考えた。ふつう、産業構造の変化はなぜ生ずるのか、という説明には、産業規模の拡大に伴って、高生産性産業から徐々に低生産性産業へ移行が生ずる、という理由が使われる。ところが、この説明に加えて、第二にクラークは需要側の理由を重要視した。家計の所得水準が上昇するにしたがって、生活や基本的な財は充足され、より高次の財が徐々に求められるようになる。つまり、需要は、必需度の違いで低次財から高次財に向かって、欲求が飽和されていくであろう。このとき、サーヴィスは本体からの派生体であるから、本体に比べれば必需度は低いことになる。この結果、人びとの所得水準が高くなればなるだけ、本体の需要は飽和され、この超過分だけ、サーヴィスについての需要は増大することになる。このような「需要飽和の原則」が働いて、派生が生じると考えられている。

 同様の考え方は、1973年に出版された、D.ベル『脱工業化社会の到来』で、受け継がれているのを見ることができる。ベルは、物財生産からサーヴィス生産が派生する原因を、次の三つに限定している。第一に、工業化の進展を補完するサーヴィスが増大すると考えた。たとえば、運輸サーヴィスや通信サーヴィスが典型例である。これらのサーヴィスは、工業生産が増大することに応じて、直接的にこれらのサーヴィスへの需要が増大する傾向を示す。ここでは、非製造部門のブルーカラー・サーヴィス労働が増大すると考えられた。第二に、工業化の進展に並行して増大するサーヴィスの存在を指摘している。典型例は、金融サーヴィス、保険サーヴィス、管理サーヴィスなどである。ここでは、工業生産の増大が直接影響を与えるわけではないが、金融の拡大や組織の拡張のような間接的な影響を通じて、サーヴィス生産へ作用を与えるものである。この結果、事務部門や管理経営部門などのホワイトカラーのサーヴィスが増大する傾向を示すことになる。第三に、工業化の進展はふつう所得水準を上昇させ、このために個人向サーヴィス生産が拡大する傾向を見せる。この結果、家計内でのサーヴィス消費が増大傾向をみせると考える。サーヴィス消費では、とりわけ第三の要因が重要である。以上の三つの要因に共通に見ることのできることは、いずれのサーヴィス増大も、工業生産の増加と密接な関係にあり、多くのものが物的生産の進展という事態から派生しているという性格を基本的には示していることである。この点はサーヴィスが派生体でありながら、本体から完全に独立して存在するものではないことを示している。

  サーヴィスというものの生ずる素因が、「派生(derivation)」という点にあることから、次にあげることができるような、サーヴィス特有の性質が浮かび上がってくる。いずれの性質も、「実体」ではないというところから生じてくる性質である。物財消費と比較すると、これらの性質は好対照をあらわしている。現代社会では、「派生」は実体からその内容、機能などが不在化するために、不在生産の重要な生因と考えることができる。

  第一に、サーヴィスは朽ちやすい、消滅しやすい性質(perishability) を持っている。物財の取引は腐朽しやすい生鮮食品であっても、運搬可能な程度に、取引の途中では消滅することはない。ところが、サーヴィスでは、特定の時間に特定の場所で発生し、即時的に消えてしまう性質(instantanousness) を持っている。このように「生産されると同時に、その瞬間に消滅してしまう」性質をサーヴィスのなかに見たために、A.スミスは、『国富論』のなかで、サーヴィスは不生産的労働であると断ずることになった。

  第二に、サーヴィスは貯蔵できない性質(non-storability)を持っている。消費者は、サーヴィスを受け取って、それを貯めておくことはできない。もちろん、サーヴィスを派生させる以前の労働や物財という「実体」に戻れば、ふたたびサーヴィスを反復させて発生させることは可能である。たとえば、歌を聞かせるというサーヴィスは、CDという物財あるいは歌手という労働資源としてストック可能である。けれども、サーヴィスそのものは、貯蔵することはできない。また、この点をサーヴィスの生産者側からみれば、「在庫不可能」という性質をもっていることになる。このような性質は、サーヴィスが生産者と消費者が直接接したときに(face-to-face contact)発生する、と考えることができるが、この考え方はD.ベルの主張から導かれたものである。

  第三に、サーヴィスが実体からの派生で成立することに由来する性質だが、無形的な性質(intangibility) を持つ。サーヴィスは有形で固定的な財として提供される物財とは、この点でも決定的に異なる性質を持っている。サーヴィスが発生するときに、労働や物財などの実体が及ぼすような、機能や作用や関係として、サーヴィスが顕現してくる。このため、実体を伴わない、無形的な経済的活動として生成することになる。この場合の典型例は、自動車や電気器械などの耐久財の貸借サーヴィスに見ることができる。このとき、貸借の対象となる耐久財は、サーヴィス提供者の所有権のもとにある。けれども、この所有権のうち、使用権のみを切り離して、サーヴィス取引の対象と考えるのである。耐久財の実体は、所有権者の所有としておき、その機能のみをサーヴィスとして提供していることになる。ここで、所有価値から利用価値が派生されたとみることができる。あるいは、所有権と使用権が分離して、有形的な価値から無形的な価値が派生したと考えることができる。

  以上でみてきたように、サーヴィスには、物財と異なる独自の性質がある。このことは、サーヴィスの示す機能や作用はあたかもサーヴィスそれ自体が有用であることを言っているかのように見える。ところが、実際にはこれらのサーヴィスは派生的に生じたものであり、本体が存在しなければサーヴィスもまた存在できない、という性格をもっている。サーヴィスという派生体の示す有用性は、本来本体の持つ有用性である場合が多い。本体から切り離されたサーヴィスが可能な場合に限って、このサーヴィスは販売の対象となる。この場合、本体それ自体は販売の対象とはならない。この考え方は、K.ポラニーが言うところの「擬制商品」に当たる(16)。サーヴィスは、労働や土地や貨幣の派生体という「擬制(fiction) 」を受け入れることで、はじめて労働や土地や貨幣の一部をサーヴィスとして取引することができる。

  したがって、サーヴィスには、それ自体だけでは存在できない性質がある。このような性質は、日本のサーヴィス経済論者たちによって、「非自存性(non-self-existence) 」とよばれた。サーヴィス生産の本体であるサーヴィスの提供者、あるいはサーヴィスの源泉となる物財があって、はじめてサーヴィスの供給が可能になる。また同時に、サーヴィス消費の本体であるサーヴィスの享受者がいて、はじめてサーヴィス消費が可能となる。このような本体から誘導され、時には分離されて、サーヴィスは生成されるのであるが、しかしこのような本体からの誘導や分離は完全に行われるわけではない。サーヴィスは独自の性質を持っているがために需要されるのだが、サーヴィスだけが需要されたとしても、同時にサーヴィスの本体に対しても必然的に影響を及ぼす場合が少なくない。サーヴィスは、労働や物財から派生して、独自の性質を獲得したために、需要が増大している。この点では、サーヴィスへの需要増大は、それだけで経済的価値を持つものと言える。けれども、これらのサーヴィスの機能や作用は本来本体である労働や物財に内在するものであることを忘れることはできない。そして、このサーヴィスが本体を凌駕するとき、不在が生成される。

  この節で考察してきたように、サーヴィスが「派生につぐ派生」を続けることが、サーヴィス消費増大の基本的な原因であると考えることができる。けれどもここで、派生の原因となっているものに、質的な相違のあることは、一応注意しておくべき点だと思われる。第一に、人びとの欲求、需要の飽和が生じると、他の欲求への誘導が生ずる。このため物財消費の飽和に伴って、サーヴィス消費が派生されることになる。第二に、工業化の進展から派生されるサーヴィス増大が生ずる。物財生産からの直接的、間接的派生によって、サーヴィス生産が増大する傾向がもたらされる。第三に、とりわけここで現代的な特徴を持っていると思われるのは、このようなサーヴィスのなかでも、経済システムを動かす上での基本的な構造にかかわってくるようなサーヴィスの存在である。たとえば、公共サーヴィス、金融サーヴィス、情報サーヴィスの中核には、このようなシステムの基本を動かすようなサーヴィスが含まれている。これらは、第一の需要側でも、第二の供給側でもないところでサーヴィスが生じている。むしろ、これらの調整を行う上で、基本的なシステムに内在するところで求められるサーヴィスであるといえる。

  不在性との関係で問題なのは、今日このような基本的で、重要なサーヴィスが本体から派生し、それと同時にシステムの根幹に内蔵され、システム全体を動かすようになってきている、という点である。今日の経済社会は、このような公共サーヴィスや金融サーヴィスがもし存在しないならば、けっして成り立つことのできない社会となってきている。また、同様のことは身の回りの家計内でのサーヴィス消費でも起こってきている。家計の外部で誘導されたサーヴィスが、家庭内の家事サーヴィスを支える構造が浸透してきている。したがって、ここで派生という事態は、本体への従属という意味ではない。パレートが言うように、派生は「基体」との相互関係において成り立つものであり、「基体」がなければ派生が生じないのと同様に、派生がなければ「基体」も成立しないのである。

  このようにして、サーヴィス消費は、サーヴィスが派生するものであるという性質のために、派生につぐ派生を通じて増大する傾向があるといえる。けれども同時に、このようなサーヴィスが派生体であるという性質は結局のところ、サーヴィスを派生させている本体の問題でもある。基本に戻って考えるならば、サーヴィスの派生は本体である労働の生成や物財の生産が安定した状態が続くという前提条件のもとで、はじめて成り立つことである。したがって、サーヴィス経済は不在生産との関係において成立するという特徴を多大に持っている。

 

7.不在性と貨幣の本質

 

以上で、不在性という近代社会についてのヴェブレンの考え方を追ってきた。ここで、この不在性の性質をもっとも典型的に顕している事例として、貨幣メディアと経済社会との関係を見てみたい。社会学者のG.ジンメルは、人びとの示す「鋳貨に対する信頼」と「経済圏に対する信頼」とを区別して、最終的には、人びとが信頼性を付与するのは具体的な貨幣そのものではなく、貨幣のもつ潜在的な力、すなわち貨幣システム全体に対する信頼である、と主張したことがある(17)。ここでは貨幣というのは、いわば分母の異なる分数を互いに比較可能あるいは計算可能にするために通分するような、この通分項に等しい働きをするものである。しかし、ここで重要なのはこの通分項の働きが発揮できるのも、分数というものを考えるひとつのルールそのものが前提となっているからであるということである。同様にして、貨幣に対する信用あるいは信頼というものも、その背後にある貨幣を支えるシステムと不可分であるといえる。

  いずれにしても、最後に確認しておきたい点は、外生的なものであれ内生的なものであれ、このような交換や貨幣がつくりだす秩序のもとに、さまざまな経済制度が形成されるということである。そして、貨幣において典型的にみられるように、このような信用や信頼の広がりのなかで、個人は経済の相互依存関係を結んでいくことができるのである。実は、不在性の本質はここに関係している。

 
 

  

  信用と貨幣発行との間には密接な関係があるということに人びとが気づきはじめたことによって生まれたのが、紙幣や小切手などの信用貨幣である。貴金属を貨幣の単位にすることについては、歴史上の悪鋳の例にみられるように、中世以来すでに名目的な意味しか持っていなかった。そして、その後の経緯からみれば、貴金属の量によって存在する貨幣量が定まってしまうことは、あきらかに金属主義というものの限界を示していたといえる。紙幣発行自体は、歴史的にみれば、むしろ中国の方が早かったといえるが、今日ある貨幣制度への影響力の点では、西欧とりわけ英国の力は大きかった。この英国での紙幣の起源については、さまざまなものがあげられているが、そのもっとも典型例となったのは、金匠手形(goldsmiths' note)とよばれるものである。中世から発達してきていた金細工師たちが、17世紀には金匠として貴金属や貨幣類を預かるようになり、そのとき発行されたのが、この金匠手形である。実際には、預り証のようなものから、今日の手形・小切手に当たるようなものまで、さまざまな種類のものが発行されていた。これらの金匠手形が人びとのあいだに流通するようになった段階で、これらの手形は限りなく貨幣的なるものとして機能したことになる。ここでは、金匠に引き受けられた預金と、金匠の発行した手形とが、信用貨幣制度を生み出すうえで重要な役割を演じたことになる。

  この金匠の例で重要な点は、銀行が信用の単なる仲介者ではなく、信用の創出者であることを、もっとも原型に近い形で見せていることである。単純なことであるが、金匠に預金されたものは、それが引出されるまでのあいだ、他者に貸付けることができた。金匠は、急な引出に対応するための現金準備を少しもっているだけで、彼らはこの預金を、ひとつには預託されたものとして、もうひとつには貸付金として登録できることになるのである。ロンドンの金匠たちは、このことを経験的に知っていたのである。

  たとえば、今A氏が現金を一万円持っていて、a銀行の当座預金を開き、小切手を受け取るような、具体的な例を考えてみたい。ここでなぜ預金が重要であるかというと、A氏が預けたと同時に、A氏本人と、貸出を受けたB氏の両者共に、その一万円を使用できる可能性が生まれることになるからである。つまりここでは、A氏の所有が不在化して、B氏の貸借金の利用権が顕在化される。もしA氏がこの現金を銀行に預けずに、自らの消費に一万円を使ってしまうならば、この一万円は一万円だけの貨幣としてのみ通用するにすぎないことになる。ところが、A氏が一万円の口座を開いた時点で、第一に、A氏の残高は一万円であるから、この一万円の範囲でA氏はいつでも小切手を切ることができることになる。第二に、この預けられた現金一万円はこの銀行を通じてB氏へ融資されることになり、B氏は一万円の範囲で使用可能な状態にあるといえる。つまり、ここではA氏の現金は当初一万円であったわけであるが、銀行へ預金され貸付が行われる過程を経て、この段階で合計二万円分の使用可能な状態を生み出していることになる。ここでは、銀行の金融機能を通じて、新たな信用貨幣が創造されたということになる。信用創造では、A氏の所有の不在化を生み出すと同時に、この不在化された所有をB氏が有効利用する機会が生ずることになる(4参照)

  なぜここで現金が一万円なのに、二万円分の貨幣として使用可能になるのか、についてすこし詳しくみておきたい。このことがあるために、不在化がこれほど一般に広まることになったからである。もしa銀行に他の現金準備が存在しないときには、A氏とB氏が二人共、同時にこの一万円すべてを使用することは、原理的に不可能である。しかし、A氏は当分の間、使用する見込みのない貨幣を預金したのであるから、あるいは小切手を使うならば決済されるまでの間はこの現金は使用されないのであるから、その間にはB氏はこの現金を使用可能な状態にあるといえる。そしてまた、実際には通常の銀行では、多数者が預金と貸付を行っているために、A氏・B氏両者への融通が可能になるのである。もちろん、この信用創造の過程は、無限に増殖するものではない。現実には銀行は現金準備を行わなければならないし、さらに、信用創造の過程では貨幣という資産が生み出されると同時に、その同額の手形などの負債というものも生み出されていることに留意しなければならない。これらの点を忘れると、今日まで何回にもわたってくり返されてきたような、金融上のパニックを引き起こすことになる。このような不在化の難点を十分理解しておく必要がある。

  信用というものの大きな特徴のひとつは、過剰な膨張をたびたび生じさせるという点である。そこで、この信用膨張をいかに防ぐか、あるいは、のちの歴史が示しているように、いかに信用を規制し統制するのか、ということが信用制度の発展のなかで問題とされることになる。不在性の制度化が行われる過程が重要である。このことからすれば、そもそもなぜ信用は膨張する性質をもっているのか、という点にこそ、信用というものの本質的な点があるともいえるかもしれない。

  数えきれないほど続く信用膨張のなかで、イングランド銀行設立によるものは、まだ小規模なものであったとはいえ、代表的な例であるといえる。イングランド銀行は、当時の政府が陥っていた戦費増大による財政困難から脱却するために、歳入法(Ways and Means Act)を根拠に1694年に設立されたものである。この銀行は、120万ポンドを政府に貸付け、そのかわりに8%の利子を受け取る株式会社法人として、国王の勅許を受けた。ここでは、民間の預金を集め、それを政府に貸付けることを目的としていたが、民間から集めた献金がすべて政府に渡るわけではなかった。政府に渡す貨幣の一部は、実際にはシールド・バンク・ビル(sealed bank bills) などの銀行券(notes) で支払われることになった。その後、多少の紆余曲折は経たが、イングランド銀行は、このような預金の受入れと銀行券の発行とによって、それまでにない規模の信用創造を行うことになった。この結果、当時の銀地金価格の高騰と物価上昇をもたらした。そして、この信用膨張は、証券市場の投機を誘い、その二十数年後に経験するような南海バブル事件(the South Sea Bubble)と同様の会社設立ラッシュをも生み出したのである。イングランド銀行の設立は、たしかに信用の不確実性を減らしたといえるが、それと同時に、次にもたらされた信用過剰は信用制度の確実性を削ぐ結果となったのである(18)

  このような信用膨張がくり返えされた歴史のなかで、とくに注目しておきたいのは、19世紀前半英国で戦わされた、経済学者リカードの参加した地金論争と、通貨主義と銀行主義との間で生じた通貨戦争である。これらの論争は今日でもまだ決着をみないものである。一方の考え方にしたがえば、信用膨張とその後の恐慌の原因は、貨幣量の大量増発によるものであるから、貨幣量さえ管理すれば、それ以外の信用も統制できることになるとする。他方の考え方にしたがえば、信用膨張は経済全体を反映するものであるから、銀行当局がその信用の一部である貨幣量だけを操作したとしても、信用全体を規制できるわけではないとする。いずれの考え方も決定的に棄却されない状態が、すでに二百年近く続いていることを考えれば、おそらく双方の要因がほぼ同程度影響を及ぼしているといえるかもしれない。信用膨張の時代に共通して言えるのは、幅広い層から供給される過度に流動的な資金の存在と、政府負債や産業投資などを背景とした信用増大の必要性とがみられてきた、ということである。この結果、過剰な信用が生み出され、そして最終的な支払約束が大量に反故にされる事態に至る、つまりは信用の崩壊が生ずることになるのである。信用における不在性の欠点が最大限増幅された例である(19)

 『ロンバード街』を著したW.バジョットは、通貨論争を細心の注意をもって眺めてきた人物である(20)。彼は、信用制度の主要点は「健全性」であるといっている。そして、信用膨張と信用恐慌に対処する方法も、この健全性を守るような、きわめて「力の弱い、控え目な緩和剤」に頼らざるをえないのではないか、と述べている。このような言葉にあらわれているように、信用制度というのは、まさに人びとの信頼性という思考習慣に多くを負っている経済制度であるといえる。貨幣の不在性から発生する不安定性を補って余りある確実性が、信用のシステムには求められることになる。

今日の経済社会で見られる特徴のひとつは、生産者と消費者との間にさまざまな媒介物が介在していることである。このような基礎的な視点から見れば、この媒介物に代行されることで、不在化という現象が生ずることになる。産業社会が発達して、生産過程で分業が導入されるにしたがって、注文生産から既製品生産へと変化が起こる。ここでは、生産物は消費者から独立して生産され、消費者は商品の外側から接近するにすぎない。けれども、このような既製品生産であるからこそ、機能的な大量生産が可能となり、大衆にも手の届くような商品が多種類にわたって可能になったといえる。このような消費社会の大衆性を表す基礎にあるのは、狭い範囲に限られていた特権的な取引が、広い範囲の、より一般的な取引圏へ移行したことである。こととき、広範囲を媒介する物が求められ、不在化の契機が生ずることになる。

ここで問題は、いかにしてこのような広範囲の取引拡大が可能になったのか、という点である。不在化を説明するためには、この広がりの仕組みを説明する必要がある。これまでは一部の貴族にしか利用できなかった特殊な便益、物財・サーヴィスを、なぜ大衆層が利用できるようになったのか、この点を説明する必要があった。つまり、不在化現象の大衆層への浸透を説明出来なければならない。常識的に考えれば、これまで見てきたように、それぞれ供給側と需要側とで大量生産と大量消費が可能になったからである。ところが、この説明を需給それぞれの要素に還元するのではなく、貨幣というメディアに見出したのは、社会学者のG.ジンメル『貨幣の哲学』である。彼は経済社会を生成する基本的な作用を、貨幣の媒介的な機能に見ている。

貨幣のいくつかある機能のなかで、とくに距離化作用(distancing effect)に注目している。ここでジンメルのいう「距離化」というのは、消費者と消費財との間に、貨幣という媒介様式が介在し、この両者の間にひとつの関係が生成することである。あるいは、消費者と生産者との間に、貨幣による隔たりの関係が生じることである。たとえば、注文商品を考えればわかるように、そもそも欲求の対象となる商品は、消費する主体である消費者と密接な関係にあったのである。ところが、このような商品の生産が、多くの労働者の複雑な分業によって生産されるにつれて、消費者の欲求による直接的な注文は、不可能になった。生産は企業の生産部門が受け持ち、消費は消費者が担当するだけで、生産の現場に消費の意図が介入することはほとんどまれになった。そしてここでは新たに、このような消費者と生産者とを媒介するものの重要性が増してくることになった。

ジンメルのいう貨幣の距離化作用は、遠隔作用(estrangement)と近接作用(proximity)という二つのプロセスから成り立っている。ここでまず、貨幣の遠隔作用から見ていくことにする。ここでは、今日ではきわめて常識的になってしまった分業という事態が重要な働きをなしている。分業の与える影響は、通常考えられているように、単に生産段階で顕著に見られるだけでなく、むしろ社会的に見るならば、消費の現場で著しくあらわれてきている。たとえば、高度な分業体制から生み出されたような百貨店に並ぶ既製服と、家庭内で主婦によって作られた手づくりの被服とは、これを手にする消費者にとって、明らかに異なる関係を示している。後者のような家庭内の生産では、家庭内の消費者はこの生産者と密接な関係を保っていた。ところが、生産が家庭内から外部へ出て、さらに労働が細分化され、分業体制が進化するにつれて、消費者と生産者との関係は、遠隔化され、距離が遠くなる傾向を見せた。それと同時に取引相手も複雑になり、交換関係は複雑に分岐することになった。この交換関係は、しだいに直接的な取引ではなく、その間に貨幣的な媒介が入ることになった。ここで、分業によって、さまざまな既製服を選択できるという自由と引換えに、直接的な取引は諦めなければならないことになった。貨幣が人と、分業の結果生じた商品との間に入ることによって、消費者は商品との直接の関係から自由になることができる。貨幣は、このように人と物との直接の接触を省くことの代償として、自由で抽象的な関係を、数多くにわたってしかも遠くにまで、形成することを可能にしている。日本の消費者は、地球の裏側にあるブラジルのコーヒー豆を容易に手に入れることができる。消費者は、それまで制限のあった商品の選択を、無限に容易なものにする可能性をもつことになる。このように、貨幣の結び付ける関係がたえず増大する傾向が見られることになる。ここで、人と人との間で、直接的に行われていた取引関係は、しだいに貨幣的で間接的な取引関係へ後退することを示している。貨幣の介在は、人と人との関係を遠ざける作用を及ぼすことになる。ここで不在化現象が生ずることになる。

けれども、貨幣の距離化作用には、もうひとつの近接作用が同時に含まれている、とジンメルは指摘する。前述のように、生産の分業体制は専門化した多種類の商品を生み出す。ところが、ジンメルがいうように「交易がより異なった対象を含めば含むほど、明らかに貨幣の役割はそれだけいっそう大きくかつ不可欠となる。」これらの異なる商品は、相互に、また共通に評価できる尺度がなければ、価格もつかないし、交換も不可能となる。貨幣との間の等価形式が整えられていて、はじめて消費者はこれらの多様な消費財に接近することができる。特殊な部門に専門分化して生産された商品が、貨幣の表す一般的な価値へ置換されなければ、相互の交換は成立しない。また、このような一般的な価値が存在しなければ、大衆層にこれらの専門化された商品が浸透することもなかったといえる。この意味で、貨幣は遠くに存在してしかも特殊であるような商品を、消費者へ近づける役割を果たしている。ここで、人と人、人と物とを接合する機能を果たしている。貨幣は、わたしたちを財・サーヴィスからある距離に置くことによって、同時にこれらの財・サーヴィスをわたしたちに近づける作用を及ぼしている。

貨幣はこのような距離化作用を駆使して、近代経済社会の統一的なシステムを提供していると考えることができる。貨幣は、消費者と生産者との間を媒介して、双方にかかる取引費用を縮減させ、市場交換をより広範囲に敷衍する機能を果たしている。もちろん、このような距離化作用が有効であるのは、貨幣の信頼性が確保されている必要がある。もしこの距離化作用の到達できる範囲で、この信頼性が基礎に存在するならば、そこでは貨幣や信用の存在は、近代社会の発達のかなり重要な要素であると考えることができる。これらが、単に消費者の需要を刺激したり、流通を円滑にしたりする通常の役割を果たしているために重要であるだけでなく、これら貨幣のもつ本質的な特性によって、経済社会自体が生成されていることが、ここでは注目に値することである。貨幣システムが信頼を基礎とする距離化作用などの機能を発揮することで、人びとと商品が結び付けられ、社会のなかで人びとの間の関係が形成されていることを見ることができる。近代社会では、このように貨幣による信頼圏の拡大という意味において、不在性のもうひとつの側面を観察することができる。もしこのような貨幣システムの基礎である信頼圏の拡大がないとするならば、たとえ消費者の欲望増大や、生産者の販売拡大が図られたとしても、その動きは一方的なものに終わり、最終的には実現されることはないであろう。この意味で、近代経済社会はきわめて貨幣的な社会なのである。

この小論では、近代経済社会の基本的な特性について、経済学者ヴェブレンの視点を省みながら考えてきた。彼は、人間が必要以上の欲望を持ち、必要以上の生産を行うようになった現代資本主義の基礎には、「不在主義」という特質が存在することに注目した。このような不在主義は、経済の実体から用益権・使用権のみが取り出され分離されて、ほかの利用主体のもとでの活用が図られる、「不在所有」という思考習慣に典型的にあらわれる。さらに、ヴェブレンは明確には述べなかったが、このことは明らかに消費分野や生産分野のような、現代資本主義のあらゆる領域であらわれている現象である。それはこの小論で詳述したように、「見せびらかしの消費」という形態をとって、「不在消費」が顕示されるし、また信用を活用しての「予想収益力の資本化」という過程を経て、「不在生産」があらわれてくることになる。このような近代経済社会の構造は、責任の分散、価値の多様化、秩序の解体という観点からみれば、限りなく虚無的で相対主義的な傾向を進めているように見える。実際にそのとおりではあるが、他方においてこのような不在主義は現代資本主義の必然的な趨勢でもあり、この傾向をルール化して過度な進行を抑制する仕組みが求められる契機の存在することも見落とすことができない。不在はあくまで不在でしかないのか、それとも不在という状況が実在として立ち上がる可能性があるのか、「近代の不在性」という本質的な在り方が問われているのは、このような問いである。この不在性という状況それ自体は今日では現実のものであり、さらにこの状況が進展していくことについては疑いようのないのも事実である。けれども、この小論でヴェブレンの議論を検討してきて明らかになったのは、このような問いに対する答えには複雑な要因がかかわってきており、この状況の進展に対してチェックを行い考え直さねばならないことは数多くあるということである。このことを理解するなかでようやく、この小論で見てきたように、不在性はやみくもに拡大・浸透しているわけではなく、近代の不在性特有のルールを形成しながら進展していることを見ることができる。

最後に、「ひとつのものをふたつのものとして利用することから、近代は始まった」と、冒頭で述べた。けれども、この小論を終えるに当たって、この記述は幾重にも割り引いて考えなければならないことが、検討の結果わかった。しかしまた、それにもかかわらず近代のこのような不在性には、必然的な存在理由のあることも同時に理解できた。不在性は結局他者との関係が問題になるところにあらわれるからである。この小論の前半の「見せびらかしの消費」の検討を通じて、この小論で見てきたようにここでの「不在性」という現代的特徴は、必ずしもすべて否定されるべき欠点ではない。むしろこの不在性が存在することによって、他者関係についての人間本性にかかわる視点が提供されていることに目を向けるべきである。もし「不在」がただの不在であるならば、文字通り存在しないことになってしまう。ところが、近代においては、その「不在」という状況には存在しうる必然性がある。たとえば、不在所有で見てきたように、「直接的な所有から間接的な所有へ」、あるいは不在消費で見たように、「直接的な消費から間接的な消費へ」転換してきている。この間接的な経済過程の中で、近代の多くの社会制度が必要とされていると考えることができる。つまり、この不在性という特性が存在するからこそ、経済過程のなかで空想的な「創造過程」のみが重視されるのではなく、それに続く「統制過程」の繰り返しを経て、社会制度への定着が図られるという制度的な視点が明らかになるのだといえる。この論点は、「産業」と「ビジネス」というヴェブレン二元論のバランスの問題にかかわってくるので、今後さらに稿を改めて考えてみたい。

 

参考文献

 

(1)F.ブローデル『物質文明・経済・資本主義1518世紀T-2』村上光彦訳 みすず書房 1985

(2)T.ヴェブレン『有閑階級の理論』小原敬士訳  岩波文庫 1961

(3)T.ヴェブレン『アメリカ資本主義批判』橋本勝彦訳 白揚社 1940

(4)J.R.コモンズ『集団行動の経済学』春日井薫他訳 文雅堂銀行研究社 1958

(5)J.ボードリヤール『記号の経済学批判』今村・宇波・桜井訳 法政大学出版局 1982

(6)坂井 素思『経済社会の現代』放送大学教育振興会 1998

(7)P.ブルデュー『ディスタンクシオン(社会的判断力批判)TU』石井訳 藤原書店 1989

(8)G.バタイユ『呪われた部分』生田訳 二見書房 1973

(9)J.ロック『市民政府論』鵜飼信成訳 岩波文庫 1968

(10)C.B.マクファーソン『所有的個人主義の政治理論』藤野渉他訳 合同出版 1980

(11)坂井 素思『経済文明論』放送大学教育振興会 1994

(12).アーレント『人間の条件』志水訳 中央公論社 1973

(13).ヒューム『人性論』大槻訳 岩波文庫 1952

(14).ジンメル『貨幣の哲学』(ジンメル著作集2、3)元浜他訳 白水社 1981

(15).ボードリヤール『消費社会の神話と構造』今村他訳 紀伊國屋書店 1979

(16)K.ポラニー『大転換』吉沢英成他訳  東洋経済新報社  1975

(17)G.ジンメル『貨幣の哲学』元浜晴海訳  白水社 1981

(18)J.クラパム『イングランド銀行』T, U  英国金融史研究会訳  ダイヤモンド社 1970

(19) A.スミス『国富論』玉野井芳郎他訳  中央公論社 1968

(20)W.バジョット『ロンバード街』宇野弘蔵訳  岩波文庫 1941

 

(この小論は、ほぼ4年間にわたるヴェブレン研究会の討論に多くを負っている。ヴェブレン研究会の参加者の方々に感謝申し上げる次第である。ヴェブレン研究会の報告については、インターネット(https://u-air.net/workshop/)に掲載してきているが、今後この小論についても改訂版を同所に載せて広く批判を仰ぐつもりである。また、この小論での議論内容の多くは、拙著『経済文明論』と『経済社会の現代』の制作過程での成果を基にしている。このような著作の機会を与えられた大学に対しても、感謝申し上げる次第である。)

(放送大学研究年報第18(2000)31-60頁、平成12112日提出)

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